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『剣遊記Z』

第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。

     (1)

 古城の周辺に、静けさが舞い戻った。しかし、悪霊の気配が完全に消え失せてもなお、孝治たちはいまだに半信半疑――いや、三信七疑くらいの心境でいた。

 

「う、嘘……っちゃろ?」

 

 それも無理はなかった。あれほど自分たちを手こずらせてくれた取蜂の悪霊が、あまりにも簡単すぎる方法で消滅した――のであるから。

 

 孝治はなかば放心に近い思いで、中原に尋ねた。声が無意識的にうわずったままで。

 

「……こげなんっち……ありね?」

 

 この問いに答える中原の態度が、これまた小憎らしいほどに、終始冷静淡々としたものだった。

 

「昔、おれが聞いた話に賭けてみたったいね✍ 霊は自分が生前の姿に、異常なほどに執着しちょうものらしいってね✍ やけんあいつが生きとう姿の肖像画ば即行で描いたとやけど、思った以上の効果やったけ、おれ自身ビックリしちょうとばい✌」

 

 などと自分で言っているほどビックリしているようには、まったく見えなかった。しかし、謙遜しているような自慢しているような。まるで判別ができないようなしゃべり方が、孝治にはなおさら小憎らしかった。

 

(そん思いば、ちゃんと顔に出さんね♨)

 

 そのような気分を胸の中へと押し隠し、孝治はさらに質問を続行した。

 

「で、でもぉ……よう悪霊の生前の姿ば描けたもんちゃねぇ〜〜♋ それとも生きちょったころから、あいつば知っちょったと?」

 

 中原は頭を横に振った。

 

「いんや、知らんばい✄ ただあいつが生きとったときの姿んまんまで化けて出てくれたらしいけ、それが良かっただけばい✌ もしもあれが腐りかけ骸骨みたいな格好ばしとったら、さすがにおれかて肖像画は描けんかったけね☻」

 

「ごもっともで☺」

 

 孝治は納得してうなずいた。中原がさらに続けた。

 

「そんで、おれがとっさにやけんが、絵ば描いてあいつの気ぃ引いたっちゅうわけったい♐ 絵ん中ば入ってくれたら、あとは煮るなり焼くなりすりゃあ、取り憑いとう霊も消えるわけやけね✌」

 

「そげんことねぇ……♋」

 

 つまり、イチかバチかの、陽動引き込み作戦だったわけ。

 

 孝治は取蜂が、割と身綺麗な姿で現われてくれたことに、今さらながらの幸運を感じた。さらに言われてみれば、孝治も話に聞いた覚えがあった。死んでから霊となって出没する者の中には、いったいなにを好き好んでか、わざと吐き気を誘うような悪趣味姿(ゾンビ{動死体}型やスケルトン{動骸骨}型など)に化ける変人野郎が存在する実話を。

 

 しかし今回の悪霊は、あれでけっこうプライドが高そうな一面があった。だからきちんとした正装姿で登場したのだろう。それも生前の姿そのままであったらしいので、画力の高い中原ならば、容易に模写が可能であったわけなのだ。

 

「まあ、なんにしても今回の悪霊退治の最大の功労者やね、あんたは☝ やけん、もうなんでも言うこと聞いてもよかっちくらいっちゃね☺」

 

「そげんね☻ やったらあとで頼むことにするばい☞」

 

「OKっちゃね♥」

 

 このとき孝治の気分は、まさに舞い上がりの高揚中。だから深く考えもせず、中原に軽い返事ができたのだ。

 

 本当に、あとの苦労を考えもせずに。


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