『剣遊記Z』 第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。 (15) 孝治の挑発を、まさに真に受けたかのようだった。ヒュドラーの十本の首が、一斉に天に向かって吼え立てた。
シュシュシュシュシュシュシュシューーッ!
それとも怪物にとっては、単に捕食の対象が入れ替わったに過ぎないのだろうか。十本のうちのまず三本が、シュシューーッとうなりの声を上げ、孝治目がけて飛びかかってきた。
これを孝治は、間一髪の差でかわした。
ヒュドラーの牙には、あらゆる怪物の例に漏れず、強烈な猛毒が仕込まれている。従って噛まれることはもちろん、かすり傷に沁み込んでも、簡単に致命傷となってしまうのだ。
まだ若輩とはいえ、以前にもヒュドラーとの戦いを経験している孝治は、無論その危険性を知っていた。もっとも、これだけ成長したヒュドラーの相手は初めてだった。ずっと前に、同じ山口県の貯水池へヒュドラー退治に出向いた武勇伝はあったが、そのときは生まれたての幼獣であったりしたのだ。
ましてや裸のままでのヒュドラーとの戦いなど、今まで実行などするはずがなし(昔、例外的に裸で大ムカデと戦った経験はあるけど☠)。
余談的に、少々お節介な与太話を付け加えれば、ヒュドラーも毒蛇の一種であるにも関わらず、いざ戦う段になってしまえば、孝治は自分の弱点を完全に忘却しきっていた。幸いにして、誰も突っ込まないが。
「きぃええええええっ!」
雄叫びを張り上げ、孝治は襲いかかる蛇首のひとつを、ザシュッと横薙ぎに斬り落とした。
シュシュシューーッ!
斬られた首が血しぶきを振り撒き、ザッボォーーンと湖面に落下した。しかしこれしきのダメージで、ヒュドラーの本体は参らないだろう。おまけに斬られた首も、時間が経てば、元通りに再生する。
今回ヒュドラーの首が十本の形態は、むしろマシな話の部類であろう。とんでもないヒュドラーの仲間の中には、首が百本以上も生えている、超大型化け物も存在するのであるから。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |