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『剣遊記Z』

第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。

     (14)

 元より鎧を着る暇など、あろうはずもなし。とにかく恥も外聞も、かなぐり捨てての絶叫なのだ。

 

 完全なる全裸で敵と戦う――それも大怪物を相手にするなど、それこそ超危険行為の極致。だけど無理にでも良い方向に解釈をすれば、身体をまったく拘束されずに思い切った行動が取れる――やっぱり無理が有り過ぎか。

 

「え、ええっ! 任せて!」

 

 すぐに友美が孝治に応え、湖から少し離れた丘の上に置いてある、愛用の剣の場所まで走り出してくれた。しかし、剣術に慣れない友美は、けっこう重い剣の扱いも持ち運びも不得意なのだ。そこで得意のほうである浮遊魔術を使う展開となる成り行きだが、なんとそこで、予想外な事態が発生した。

 

「呪文ヲ唱エタンジャ間ニ合ワナインダナ。ダカラボクガ孝治サンニ渡スンダナ」

 

「ええっ?」

 

 いったいいつの間に先回りをしていたのやら。友美よりも先に、徹哉が孝治の剣を右手だけでつかみ上げ、それを一気に投げ飛ばした。

 

 もちろん孝治に向けて。

 

 徹哉が投げた剥き出しの剣が、孝治の足元の地面に見事な垂直となって、ビュンッ グサリッと突き刺さる。

 

「うわっち! あ、危なかろうも……☠」

 

「……嘘みたい……♋」

 

 孝治も友美も、これにはそろって瞳を丸くするばかり。その理由は徹哉が投げた剣のスピードが物凄く速過ぎて、まるで瞳に止まらなかったからだ。

 

 しかし一時呆然とはなったものの、今もその余韻に浸っている場合ではない。

 

「……ま、まあ、よかっちゃよ……次から気ぃつけりや……♋☁」

 

 とにかく愛用の武器を右手でつかみ上げ、気を取り直した孝治は、裸のままでヒュドラーに立ち向かった。

 

 美奈子と双子姉妹は、すでに陸上へ上がっていた。しかしヒュドラーはまだ、彼女たちを追っていた。

 

 人とヒュドラーが遭遇すれば、まず血みどろの戦いは避けられない事態となる。それも図体がデカいだけあって、ヒュドラーは常に飢えており、人を見たら襲わずにはいられない。実に迷惑極まりない性質らしいのだ。その辺の事情を熟知している孝治は、急いで美奈子たちとヒュドラーの間に割って入った。それから剣を構えて十本の蛇頭をにらみつけ、大きな声で啖呵を切ってやった。

 

「こっちは長げえ時間おんなじ姿勢ば強制されて、すっげえイライラしちょうとばい! やけんこんイライラ、おめえば片付けて解消させてもらうっちゃけねぇ!」


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