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『剣遊記Z』

第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。

     (13)

「ああん! ヒュドラーさんですうぅぅぅ!」

 

 千夏も悲鳴を上げた。

 

「ヤバかぁっ!」

 

 孝治はすぐに直感した。実際に誰が見てもわかるとおり、ヒュドラーの狙いは明らかに、美奈子と双子姉妹であった。

 

 恐らく湖底深くで眠っていたものが、水面ではしゃぐ音を聞きつけ、獲物が来たと感じて目覚めたのであろう。

 

 おまけに人間は、ヒュドラーの寝覚めのエサにちょうどよい。

 

 シュシュシュシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッと、まさしく大蛇そのもののうなり声を上げ、ヒュドラーが湖面をふたつに引き裂き、美奈子たちへと押し迫る。

 

 ヒュドラーにとって人間以外に白鳥も、絶好の食料となるであろう。たとえその白鳥が人間の変身であっても、腹を空かしたヒュドラーには、一向にお構いなしのはず。

 

「ああん! 千夏ちゃん、怖いでしゅうぅぅぅ!」

 

「千夏ぅーーっ!」

 

 ヒュドラーはまず、見た目に幼い千夏(実年齢は十四歳)を、第一目標に決めたようだ。まっすぐに十本の首を千夏へ向け、猛スピードで水上を滑走した。この危機を姉の千秋が助けようと、その幼児体型ではこれまた想像できないような遊泳力で、千夏の元へと必死に泳いでいた(ちなみにクロール)。

 

 だが、しょせんは人間風情。水中を棲みかとするヒュドラーに、勝てるわけがなし。たちまち距離が縮められ、とうとう危機一髪の事態!

 

「くぁん! くぁん!」

 

 そこへ白鳥の美奈子が、背後から回り込むようにして飛んでくる。さらに千秋と千夏の背中から、それぞれの脇の下に鳥の両足を左右ガッチリとはさみ入れ、ふたりの体を同時に宙へと持ち上げた。それから白い翼を大きく羽ばたかせ、ヒュドラーの第一撃をかわす豪快技に、間一髪で成功した。

 

「す、凄かぁ〜〜!」

 

 孝治は初め、呆然の思いで美奈子たちの脱出劇に瞳を奪われていた。また孝治の左隣りでは、友美も驚きの声を上げていた。

 

「白鳥の足って……鷲や鷹と違ごうて水かきがあるとやけ、本来物ばつかむようにはなっとらんとに……美奈子さんの弟子たちば助けない強い気持ちが奇跡ば起こしたっちゃね♋」

 

「そんとおりばい……♋♋」

 

 無論孝治も、友美の言葉に同意した。だが今は、いつまでも感動の余韻に浸っている場合ではないのだ。

 

 美奈子、千秋、千夏の三人が無事に岸辺まで逃げ延びた状況を確認してから、孝治は友美に向かって叫んだ。

 

「友美ぃ! おれの剣ば早よぉ!」


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