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『剣遊記Z』

第四章 悪霊大決戦!

     (11)

 点目ついでに取蜂は、赤い両目をさらに丸くしての困惑中。

 

 なぜなら取り憑いたつもりが、あっさりと相手の体を素通りしたのだ。どのくらい長い悪霊生活を送っていたかは知らないが、産まれて――もとい死んでから初めて経験する、いわゆる憑依の失敗であろう。

 

『えーーい! もう一回じゃあーーっ!』

 

 それでもどうやら、気を取り直したらしい。取蜂が再度の挑戦(?)を試みた。だけど徹哉の体に踏み止まれず、再びスルリと、そのままの勢いで通り越してしまう。

 

『こ、こやつの体はいったいなんなんじゃあーーっ! まるで椅子か机みたいに……そうじゃ! 魂が感じられんじゃろうがぁーーっ!』

 

「そげなわけなかろうも!」

 

 取蜂の驚愕は、孝治にはまるで理解ができなかった。しかも当の徹哉は、悪霊以上に現場でなにが起きているのか。全然わからない様子の、やはり無表情顔でいた。

 

「ナ、ナンナノカナ? ボクノぼでぃヲ風ガ通ッタミタイナンダナ。デモコレガ大砲デナクテ良カッタンダナ」

 

 そんなところへ、孝治たちの戦いっぷりなど、ほとんど無視。一心不乱に絵を描き続けていた中原が、突然悪霊に向かって呼びかけた。

 

「おーーい! 取蜂ぃっ! こっちたいこっちぃ!」

 

『なんじゃあ?』

 

 取蜂が素直に振り向いた。ついでに孝治も、いっしょに顔を向けた。

 

「今度はなんしよんね?」

 

 とにかくこれにて、徹哉の件は一時棚上げ。それよりも取蜂が、大きな感嘆――としか思えないような声を上げた。

 

『おおーーっ! こ、こりゃあ!』

 

 顔を向けた取蜂が驚いたのも当然だった。悪霊を呼んだ中原が完成させた物は人物画――それも取蜂の肖像画であったからだ。

 

 鉛筆だけによるモノクロの下描きであったが、まるで生き写し(?)のごとく。正確極まりない描写力で描かれていた。

 

 さらにこの肖像画を描いた中原が、またもや大声で取蜂に向かって叫んだ。

 

「こん絵ばおまえにくれてやるったぁーーい! やけんあとは好きにしやぁーーっ!」

 

 それからせっかく描いた肖像画を近くにある庭石に立てかけ、自分はさっさと、その場から退散。すぐに取蜂が絵に向かって、先ほどとは大違いの超高速で突進した。

 

『この絵―はわしーのもんじゃあーーっ!』

 

 そのままスッポリと、絵の中に乗り移ってしまう。しかも今度は、徹哉の体のような通り抜けではない。完全なる憑依となっていた。

 

 こうして絵の中に、悪霊が収まる顛末。そこで中原が、今度は美奈子に向けて叫んだ。

 

「今ばぁーーい! 火炎弾で焼き払うったぁーーい!」

 

「は、はい……どすか?」

 

 最初は訳がわからないといった顔で、事態の移り変わりを眺めていた美奈子であった。しかし画家の一喝で慌てて呪文を唱え、火炎弾の発射を再開した。

 

「は、はあっ!」

 

 続いて友美も呪文を唱えて構えを取り、火炎弾を連射。

 

「はあっ! はあっ! はあっ!」

 

 ふつうの画用紙が、こうも立て続けに業火を喰らっては、これはもう燃え上がるどころの話ではない。ボワアアアアアアンと爆発的な炎の塊が生じた跡には、もはや数片の灰のカケラしか残らない結果となるに決まっていた。

 

 おまけに孝治たち周辺にいた者たちには、確かに聞こえたのだ。

 

 悪霊取蜂の、断末魔の絶叫が。

 

『うぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………』

 

 それは悪霊の完全な死滅――いや消滅を意味する、最期の叫びであった。


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