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『剣遊記]』

第二章 薔薇と愛妻の秘密。

     (7)

 もっとも騒がしいからといって、可奈はすぐに、現場に首を突っ込むような野次馬ではない。

 

 もともと可奈には、個人主義と孤独癖の傾向があった。だからこそ昔、一時的にグレて、某所で務める破目になったとも言えるのだけれど。

 

「うっさいずらねぇ〜〜☠ 人さおごっそうしようってときに、ささらほうさら(長野弁で『いい加減』)んことばっかりやってずらぁ♨」

 

 などとこれまたひとりでつぶやきながら、正面出入り口付近に集まっている人の輪には目もくれず、可奈は奥のテーブルに席を取った。

 

 勝手にぶうぶうと文句を垂れながらで。

 

 そんな可奈の視界の隅で、給仕係たちが騒ぐ様子が写るのだが、それこそ『あたしには関係ねえずら✋』の世界。ところが給仕係リーダーの務めで騒ぎの中心部にいる由香のセリフが、不良魔術師――可奈の気を引いた。

 

「いつまでもカモシカん姿でおったかて、そんまんまじゃ言葉がしゃべれんでしょ☏ 奥に部屋ば用意しますけ、そこで人に戻ったらどげんですか?」

 

「……えっ? カモシカぁ? まさかぁ……?」

 

 すぐに何事にも無関心の看板をかなぐり捨て、可奈もさっそく人の輪の中へと、ほとんど強引的に混じり込んだ。

 

「おいだれ(長野弁で『おまえたち』)、うざうざしてねえで、ちょっとそこどいてずら!」

 

「うわっち! 可奈さんじゃん!」

 

「ほんなこつ珍しかぁ!」

 

『そうっちゃねぇ♡』

 

 ふだんならば、どんな騒ぎのときでも滅多に外には出てこない魔術師の参上で、孝治と友美と涼子も、彼女に注目した。

 

「珍しかときにはまた珍しかことが重なるもんばいねぇ♥ 可奈さんまでご登場なんちねぇ♐」

 

「やぶせったい(長野弁で『うっとうしい』)ずらねぇ☠ 文句こくでねえ!」

 

「うわっち!」

 

 物珍しそうに見つめる孝治は、強烈な一喝を喰らわされた。そのあと可奈が一心不乱な感じで、騒ぎの中心に入ってきた。それから人の輪のド真ん中で、ジッと佇{たたず}んでいる様子である一頭のニホンカモシカを見つけるなり、可奈が高めの声を張り上げた。

 

「美香{みか}ぁっ! おんし、やっぱさ美香じゃねえずらかぁ!」

 

 またカモシカも魔術師に瞳を向け、素早く彼女の黒衣の懐に、自分の鼻先を飛び込ませた。

 

「きゃっ! 美香ったらぁ、落ち着くずらよぉ!♡」

 

 実際大型犬にも等しい大きさのカモシカが、まともにぶつかってきたのだ。可奈は思わずであろうが、尻もちをついてしまった。だけどもその表情は、なんだか喜びで満ちあふれてもいた。


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