『剣遊記]』 第二章 薔薇と愛妻の秘密。 (5) 「相変わらず、にぎやかな娘っちゃねぇ〜〜☀」
千夏の小さな背中を見つめながらで、孝治はポツリとささやいた。
そのときだった。
今度は店の正面出入り口のほうが、なんだか急に騒がしくなってきた。
「おっ? なんやなんや?」
「きゃっ! あれば見てん! ニホンカモシカばい!」
「ええーーっ! カモシカぞなぁ?」
客や給仕係である皿倉桂{さらくら けい}の驚き声に、孝治と友美と涼子も瞳を向けた。
「うわっち! ニホンカモシカけぇ?」
そこではなんと、一頭の間違いなく本物のニホンカモシカが悠々とした仕草で、未来亭の店内に入ろうとしているところだった。
それこそ動物の分際で、『わたしはお客よ✊』とでも言いたげに。
「な、なして、ニホンカモシカがこげな街のド真ん中におるとや?」
『待って、あんカモシカ……ライカンスロープばい✐』
孝治は不思議な思いでいっぱいだった。そこへ涼子が、当のニホンカモシカを右手で指差して答えてくれた。
『首に風呂敷ば巻いちょうカモシカが、野生のはずなかっちゃよ⛔ やけんあんまし聞いたことなかっちゃけど、あれってきっとワーシーロー{氈鹿人間}なんばい✍ 本でならそんなんがおるっち、昔読んだことがあるけ♣』
「わーしーろー?」
初めて耳に入れたライカンスロープの種族名で、孝治は大きく首を左にひねった。もっとも、ライカンスロープの種類は、それこそ獣の数だけ世の中に存在するのだ。従って草食動物のライカンスロープが目の前に現われたとしても、少しもおかしな話ではないだろう。
だが、その事実を差し引いたとしても、孝治の頭には、もっと大きな疑問が渦を巻いていた。
「なしてそんワーシーローが未来亭に来たとや?」 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |