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『剣遊記]』

第二章 薔薇と愛妻の秘密。

     (4)

「おおーーっ!」

 

 もちろん先ほどから申しているとおり、閑散しているとはいえ、お店(未来亭)は営業中。このとんでもない珍事に、居合わせた(運の良い)客や給仕係たちの間から、やんやの喝采と拍手👏がパチパチパチと湧き上がった。

 

 もち孝治はパニック状態。

 

「うわっち! うわっち! ちょ、ちょっと先輩! あんてこと非常識んこつすっとですかぁ!」

 

 超大慌てで衣服と鎧を着直し、なんとかこれ以上の完全公開を避けた孝治であった。ところが脱がし魔である荒生田は、シレッとした顔付き。いまだプンプン顔でいる千夏相手に、ぬけぬけとほざくだけの態度でいた。

 

「どげんね、お嬢ちゃん☺ 女性は十代になれば、胸ば今みたいに大きゅうふくらむもんやけね♡ なにしろ孝治に比べりゃあ、お嬢ちゃんなんかまだまだペッタンコやけんねぇ♡」

 

「ぷんぷん♨ 千夏ちゃんだってぇ、もうすぐ大きくなりますですうぅぅぅ♨」

 

「ゆおーーっし! 期待ばして待っちょうけんね♥♥ なははははっ☀」

 

「ちょっと先輩っ! おれに恥ばかかせて、こん話はこれで終わりっちゅうとねぇ!」

 

 千夏の強がりも孝治の文句たらたらも、ひたすら馬耳東風。荒生田が大笑いしながら、酒場から意気揚々と立ち去っていった。

 

 彼がこれからどこへ行くのかなど、皆目まるでわからなかった。

 

「……けっきょく、なんが言いたかったんやろっか? 荒生田先輩は……⚇」

 

 友美も頭上に何個もの『?』を浮かべたような顔をしていた。また、その右横にいる涼子が、かなり的確そうな推測をしてくれた。

 

『なんだかんだ言うたかて千夏ちゃんばええ口実にして、孝治の胸ば見たかったんとちゃう? あげなスケベな性格の変態やけねぇ☠』

 

 ついでに、もうひと言。

 

『でも、あたしちょっとだけ、荒生田先輩ば見直しちゃったばいねぇ〜〜♠』

 

「見直したって、なんをね?」

 

 今度は不思議そうな顔になって尋ねる友美に、涼子は舌を可愛く出しながらで返答した。

 

『それは荒生田先輩が、意外に健全やったっちゅうことっちゃよ♀♂』

 

「けんぜん?」

 

 友美の瞳が、さらに点となった。これに涼子が、したり顔をして応じた。クリソツな顔をしているのに、ずいぶんと対照的である。

 

『そうっちゃよ☞ 先輩の趣味はあくまでも大人の女性であって、少なくとも幼女嗜好、つまりロリコンやなか、ってことやね♡ 千夏ちゃんには悪かとやけど♡』

 

 ここで友美が噴き出した。

 

「ぷっ! あっ……わるそ(筑豊弁で『悪いこと』)してごめんなさい! でも、そげな考え方かてできるとやろっかねぇ?」

 

 涼子のある意味失礼な解説に、友美もこれまたある意味において、失礼な納得の仕方を感じたようだ。この一方で、完全に晒し者にされた格好である孝治だけは、いまだに腹わたが煮えくりかえったままとなっていた。

 

「先輩の野郎ぉ……いつかずえったいにぶっ殺しちゃるばい☠☠☠」

 

 さらに千夏も、真っ赤なほっぺたをふくらませたままだった。

 

「ぷんぷん♨ 千夏ちゃん、今のオジちゃん大っ嫌いさんですうぅぅぅ☀ そう言えばぁ、ずぅっとぉ昔さんですけどぉ、美奈子ちゃんもぉ黒いメガネ😎さんかけた人ぉ、大っ嫌いだってぇ言ってたことぉありましたさんでしゅうぅぅぅ☀」

 

「それってほんなこつ? なんかでたんおもしろか話やねぇ♡」

 

 千夏のセリフに興味を感じたらしい友美が、こっそりと孝治と涼子を相手にささやいた。

 

「ねえ♡ もしかして荒生田先輩と美奈子さんって、実は知り合いやったりしてね♡」

 

『ぷっ! まさかぁ♡』

 

「そげなこつあるわけなかっちゃよ♥」

 

 涼子は一笑。孝治は一蹴で片付けた。しかし友美は、『その可能性無きにしもあらず✍』にこだわった。

 

「そやかて、先輩と美奈子さんっち偶然のいたずらやろうけど、同じ未来亭ん中におって、今まで一度かて顔ば遭わせたことなかっちゃよ☞ やきーもしふたりがバッタリ顔ば遭わせるようなことになったら、絶対なんかが起こりそう……なんがわたしの勘なんやけど……駄目やろっか?」

 

 しかし孝治は、あくまでも鼻で笑うだけだった。

 

「友美の考え過ぎばい☻ だって先輩はたった今千夏ちゃんと初顔合わせばしたとやに、まるっきし初対面って感じやったけね★ やけん美奈子さんの場合もおんなじっち思うっちゃよ……とは言うものの、確かにおもしろいことになりそうやねぇ♥」

 

「ねっ、そうっちゃろ♡」

 

 初めは孝治も、問題にする気にはならなかった。だが友美につられたせいか、だんだんとその気になってきた。ここで話は急に変わる。

 

「ああっ☀ もうこんなお時間ですうぅぅぅ♡ 千夏ちゃん、美奈子ちゃんと千秋ちゃんに頼まれてた大事な大事なお買い物さん、忘れちゃうとこだったですうぅぅぅ♡」

 

 これまた、たった今までぷんぷんにふくれていたというのに、早くもその記憶を失った感じ。千夏がまったく別な件で騒ぎ出した。

 

 もしかすると、本当に忘れたのかも。

 

「それでは皆しゃん、ごきげんようさんですうぅぅぅ✌✈」

 

 空になったスープ皿やコーヒーカップ(入っていた飲み物は牛乳)をトレイに載せて両手でかかえ、それから孝治と友美にペコリと一礼。千夏が一目散に、厨房へ駆け足で食器を戻しにいった。

 

 店子である孝治や千夏たちは、食べたあとの食器の後片付けを必ず自分で行なうこと。これが未来亭の決まり事だった。

 

 いわゆるセルフサービス。


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