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『剣遊記]』

第二章 薔薇と愛妻の秘密。

     (17)

 しかしなぜだか、秀正はこれに無反応の態度でいた。

 

「あれ? 怒らんと?」

 

 不思議がる孝治に、秀正が答えた。表情に余裕の含み笑顔を交えさせて。

 

「それって昔ん話やろ☻✍ それに今は、おまえ自身が女性に転換しとるんやけ、女房ば横取りされる心配はいっちょもなかっちゃけねぇ♡✌」

 

「うわっち! それば言わんとってや☠」

 

 最大の急所である性転換の件で突っ込まれ、孝治は自分の顔面が、瞬く間に紅潮化する思いとなった。これもひとつのワンパターン。だけど、確かに恋のライバルの性が変わってしまえば、妻を強奪される心配は絶対にないとも言えるだろう。

 

「そ、それよか、有混事が今どこにおるんか、さっさと言えっちゃよ!」

 

「わかったわかった♠」

 

 顔面真っ赤っか気分の孝治は、照れ隠しで秀正を急かしてやった。すると秀正は上着の右ポケットから、一枚の封筒を取り出した。

 

「これは有混事とやらが、わざわざ律子宛てに送りつけた脅迫状ったいね♨ 野郎ぉ……律子の呪いが今んなって発動するよう仕掛けちょいて、それば狙っておととい送ってきやがったと☠♨ なんでも深夜に届いたっちゅうけ、よりいっそう怖がらせるために人まで雇って、わざわざ夜中に持って行かせたっちゃねぇ♨☠」

 

「思いっきり根暗な野郎っちゃねぇ☠ そりゃ今流行りの変態ストーカーっちゅうわけっちゃね♐♐」

 

 このとき大いに憤慨しながらも、孝治は我が身にそのような災難が降りかからない平和を、切実に神へと願っていた。その理由は男性のときであればいざ知らず、女性となっている現在だと、なにかと危なっかしくて仕方がない、物騒極まる御時世であるからだ(ある意味自信過剰☻)。

 

(おれはそげなんゴメンばい☠ 一部手遅れもあるっちゃけど☠)

 

「で、そいつ……有混事は今、どこおるっちゃ?」

 

 本心は一応隠しておき、孝治は改めて本題に戻った。これに秀正が、顔をやや曇らせ気味にした。

 

「有混事は律子に呪いばかけたあと、人事異動で遠くの町に行っちまったらしいんばい☁ やけどこん脅迫状に今の居所が書いちょうわけなかけ、おれは衛兵隊の井堀に頼んで、そいつの異動先ば調べてもろうたと☛」

 

「井堀ねぇ……☠」

 

 孝治の頭にスケベで名高いなじみの衛兵――井堀弘路{いぼり ひろみち}の、ニヤけた笑顔が浮かび上がった。その井堀に先日街でバッタリ出会ったとき、孝治はまたも隙を突かれ、お尻をペタンとセクハラされたばかりなのだ。

 

 無論なにも知らない秀正の話は続いた。

 

「それでわかったんやがやっこさん、今は岡山県まで行って司教に栄転してやがったとばい☠ 変態ストーカーが大した出世したもんっちゃねぇ☠ ったくよぉ……☠」

 

「司教けぇ……☁」

 

 秀正が口から出した単語を、孝治は小声で反復した。

 

 司教といえば、皇庁室と直結する日本の神道の、各都道府県における最高権威者の末端である。

 

 一地方――それも衛兵隊直属の魔術師が、いったいどのような巡り合わせでそこまでの地位に昇りつめたのか。それは孝治にはわからないが、とにかく大きな権力を現在、保持していることは間違いがないだろう。

 

 孝治はため息混じりで秀正に言葉を戻した。

 

「なるほどねぇ……こりゃそーとー厄介な野郎っちゃけど、そいつば倒すか屈服させん限り、律子ちゃんにかけられた呪いは解けん、っちゅうわけっちゃね☠」

 

「そげんこっちゃ♋ やきーおれはもう覚悟ば決めちょう✄」

 

 秀正は思いっきり風に決断を言い切った。それから空にしたジョッキをテーブル上に置き、椅子からすっと立ち上がった。

 

「やきー、きょうのおれは依頼人として、未来亭に頼みに来たっちゃけね✊ 悪徳司教ば退治しにやね✈ 孝治、おれは今から店長んとこば行ってくるけ★」

 

 ガンとした固い決心をしているらしい秀正を前にして、孝治にももはや、異論らしきモノはなかった。

 

「わかったけ☻ 店長の指示があるまでおれは動けんけ、ここで待っちょうけね☺ やけんそん間に、送られた脅迫状ば、もういっぺん見せてんね✍」

 

「ああ、これたい✎」

 

 秀正は封筒を孝治に手渡し、そのまま重そうな足取りで、二階にある黒崎店長の執務室へと向かった。

 

 テーブルに残った孝治は封筒を開き、中に入っている手紙を無言で読んだ。その内容は胸クソが悪くなるような、ヘタクソな文章の羅列であったが。

 

 

 『ご機嫌いかがかな 穴生律子殿

 

  貴殿とのお別れの際 吾輩が贈りたもうた薔薇の花束

 

  今ごろは貴殿の麗しきうなじから臀部{でんぶ}にかけての満開の盛りでござろうや

 

  御主人もさぞや驚かれているご様子 目に浮かべて吾輩 爽快たるご気分に浸らせて頂く毎日

 

  遠方での業務も精進の日々が続き 正に貴殿にお見せして差し上げたいような気が致し候{そうろう}

 

  よけいなる老婆心ながら 薔薇の花は貴殿の子々孫々にまで及ぶことも有り得るので くれぐれも御子息はもうけぬほうが宜{よろ}しきかと 我が案じるきょうこのごろにて

 

  風の噂によれば、すでに一女をもうけられたそうな

 

  これは是非ともお目にかかってみたいもの』

 

 

 おのれの氏名の記入すらない卑劣ぶり。ついでに言葉の意味の所々の取り間違い。孝治は手紙をビリビリと破り捨てたい衝動を、なんとかして抑えようとする気持ちでいっぱいだった。


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