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『剣遊記]』

第二章 薔薇と愛妻の秘密。

     (16)

「で、律子ちゃんに呪いばかけたっちゅうのは、いったい誰ね?♨」

 

 黙って秀正の話を聞いていた孝治の胸の中にも、だんだんと怒りの炎が生じてきた。

 

「それはやねぇ……☛」

 

 ここで秀正は、いったん言葉を区切り、たぶん酔えない気分ではあろうが、小ジョッキのビールを一気にグイッと飲み干した。

 

 それから神妙な口振りになって、セリフを再開させた。

 

「律子に呪いがかかったんは、おれと結婚する一ヶ月前……ふたりそろって盗賊業に励んでおったころっちゃね✍」

 

「知っちょうばい☀ あんときおまえと律子ちゃんが仕事場でいつもイチャイチャしよって、けっきょく『出来ちゃった婚』する破目になったっちゃねぇ♡♡♡」

 

「ぶうーーっ!」

 

 怒りから突如急変したような孝治の軽いツッコミで、秀正が飲もうとして口に含んだ二杯目のビールを、見事辺り一面に噴き出した。

 

「ぐぅぇほっ! ごぉほっ! い、今はそげな昔んこつ言うちょう場合やなかっちゃろうが! ぐぉほっ!」

 

「いやあ、悪い♡悪い♡」

 

 などと平謝りをする孝治自身の顔面も、恒例でビールを引っかぶってのびしょ濡れ状態。

 

「そ、それはともかくとしてやねぇ⛲ 呪いばブッかけた野郎は、ほんなこつ誰ね?」

 

 少々わざとらしいは承知の上だが、真顔に戻って、孝治は尋ね返した。

 

「そいつん名は……✒」

 

 答える秀正も、また真顔に戻っていた。

 

「そん当時……こん北九州で仕事しちょった衛兵隊直属の魔術師……有混事{あるまじ}ってやつらしいっちゃよ☚ そん有混事って野郎がおれと付き合ってた律子に横恋慕しやがって、しょっちゅうしゃーしぃーチョッカイばかけちょったっち律子が言うと♋ 恥ずかしながら亭主であるこんおれは、きのうのきょうまでそげなことに、いっちょも気づいてなかったとばい……☠」

 

「そりゃ律子ちゃんがおまえに気ぃばつかって、ずっと隠しとったんちゃよ☹ 彼女、気丈だけやのうて優しゅうて気配り上手やけん、それもありとちゃうね?」

 

 秀正が気落ちしそうな顔になったので、孝治は軽く背中を叩いての元気付けをしてやった。それから話を続行。

 

「で、そん有混事って魔術師が律子ちゃんからフラれた腹いせに、ご丁寧にも薔薇の呪いばかけたっちゅうわけっちゃね☠ 律子ちゃん、子供んころから大の薔薇好きやったけん、恐らくそいつが『そげん薔薇が好きやったら、おまえば薔薇にしちゃるけん!』ってな感じやろっか?」

 

「……律子がそげん風に言いよったけ、ほんなこつそんとおりなんやけど……ようわかるっちゃねぇ♐ 孝治、丸っきり当たっとうばい♐」

 

「そりゃおれかて、一度は律子ちゃんば惚れたことあるっちゃけねぇ……うわっち!」

 

 ここでしゃべり過ぎを自己認識。孝治は慌てて、自分の口を両手でふさいだ。


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