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『剣遊記]』

第二章 薔薇と愛妻の秘密。

     (15)

「入れ墨なんかやなか……☢」

 

 背中の薔薇を見せつけたまま、律子はやはり、静かな口調で秀正に答えた。

 

「……これは、魔術による刻印なんばい☠ きのう、急にわたしの背中に浮かんだと⚠ ヒデにはずっと黙っとったけど、わたしの体にはずっと前から、薔薇の呪いがかけられとったとよ……⛔」

 

「薔薇の呪い……け?」

 

 このとき秀正の脳内を、様々な記憶が駆け巡った。

 

 同じ盗賊稼業として、共に修行を積んだ間柄であった。しかも子供のときから、律子は薔薇の花に異常とも言えるほどの愛着を示していた。もしかしたら実の家族以上に、切っても切れない縁があるんやなかろっか――と、ときどき秀正が大真面目に考えたほどに。

 

 そんな彼女を知っているからこそだった。我が家を薔薇屋敷にしてしまった理由も、律子の強い希望を承諾して受け入れたのだ。

 

 だが、それらはすべて、『呪い』とやらが元凶だったとでも言うのだろうか。

 

「ゆ、許さんばい!」

 

 急に怒りの感情が胸の中に込み上げた秀正は、先ほどよりもさらに大きな怒声を張り上げた。上半身裸でいる律子が、驚いてビクッとしたほどに。

 

「ヒデっ! ごめんなさい! 今まで大事んことば隠してもうて!」

 

「ちゃうと! そげなことやなか!」

 

 たまらずの感じで抱きついてきた律子を、秀正はもっと強い力で抱き締め返した。それから怒りをあらわに、さらに大きく叫び上げた。

 

「『呪い』なんちゅうからには、当然そればかけた野郎がおるっちゅうことやろうがぁ! そいつばおれはずえったいに許さん! 必ず見つけ出して、おれがおまえの『呪い』ば解かせちゃるけねぇ!」

 

「ヒデ……☂」

 

 律子の瞳から、大粒の涙があふれだした。おまけに父親の絶叫のためか、寝ていた祭子が瞳を覚ました。

 

「おんぎゃああああああっ!」

 

 秀正は愛妻と愛娘の両方を見つめ直した。

 

「『呪い』は祭子までかかっちょうっちわけっちゃね! これだけでもそいつの罪、ずえったいに万死に値するっちゅうもんばい! 律子……おまえは今までおれに知れんよう、ひとりで悩み苦しみ続けよったんやな✄ でも、もうええばい☀ 未来亭の仲間の力ば借りてでも、おれがおまえと祭子ば助けるっちゃ! ずえったいにな! やきー、それでよかっちゃろうが♨」

 

「ヒデ……☂」

 

 律子は秀正を生涯の伴侶に選んだ自分自身を、まさしく神様と同じくらいに感謝したい気持ちでいっぱいとなった。さらに彼が、祭子の父親であることにも。

 

 もはや迷いはなかった。こうなればすべてを、夫に告白するのみ。

 

「ヒデ……わたしに薔薇の呪いばかけたんは……☛」

 

「ちょい待ちや✋」

 

 秀正はそこで、律子に向けて右手の手の平を向けた。

 

「そん前に祭子ば抱いてやりや☜ 夜泣きは近所迷惑っち思うっちゃけ☃」

 

「あっ……はいはい!」

 

 秀正から言われ、律子はすぐに娘のベッドへと駆け寄った。そんな母親に、父親からもうひと言。

 

「それとぉ……早よ服ば着ちゃってや☠ そんまんまやったら目のやり場がのうて、話の続きも聞けんとやけぇ……☠」

 

 とりあえず、秀正の呪いに対する怒りと興奮は、現在いくらか収まっていた。それはそれで話を進めるには好都合なのだが、気が落ち着いたところで秀正は、顔面真っ赤の熟柿状態である自分自身に気がついた。なぜなら愛妻の律子は、いまだに上半身にはなにも着ていない、半裸の格好でいるからだ。しかもその姿のまま、娘を抱いてあやしていた。これはある意味、世の亭主族が最も夢見る、理想の母娘像とは言えないだろうか。

 

「あらぁ♡ ヒデ、ごめんなさいね♡」

 

 実は律子自身も、自分があられもない姿でいることに、もっと早くから気づいていたりする。だけど今は、泣きわめく祭子を落ち着かせるほうが先決だった。

 

 けっきょく律子は愛娘が寝つくまで、服を着る暇がないままとなった。

 

 秀正にとっての合掌。


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