前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記]』

第二章 薔薇と愛妻の秘密。

     (13)

 ところがドアを開けると、そこでビックリするような顔合わせ。

 

「あっ……ヒデ……!」

 

「な、なんや……おったんけ☀」

 

 外出中だとばかり思っていた律子が、祭子の寝室(子供部屋)にいた。それも部屋に置いてある机でロウソクの灯りを頼りに、なにやら手紙らしいものを書いている真っ最中でいた。

 

「……おったんならおったっち言えっちゃよ☹ おれはまた、どっかに遊びに行っちょるもんっち思いよったんやけぇ……♨」

 

「……ごめんなさい☁」

 

 一応、出迎えがなかったことに文句を垂れる秀正であった。しかし、それに応じる律子の態度は、これまた大きく沈みきった様子でいた。

 

 これでは彼女が結婚前、威勢の良い女盗賊であった話が、まったく信じられないほどの有様ともいえた。この状況では秀正も、なんだか文句のやり場に困ると言うもの。

 

「……い、いったい、どげんしたとや? いつもんおまえらしゅう、いっちょもなかばい☁」

 

「…………☁」

 

 秀正は一生懸命の思いになって、落ち込んでいる様子の律子に、その理由を訊き出そうとした。だけど律子は秀正からの問いを受けても、やはりうつむいた姿勢のまま。それどころか、描いている最中の手紙らしいものを、体全体で隠すような仕草(両手と上半身で、机に覆いかぶさる感じ)までもしていた。当然その行動ぶりが、秀正の目に留まる結果となった。

 

「ん? そん紙……なん書きよんね?」

 

「い、いえ! なんでんなかと!」

 

 ふだんはまったく見せない慌てっぷりが、なおさらに怪しい思いを強くさせた。

 

「ちょっと、それば見せてみい!」

 

「あっ! 駄目ぇ!」

 

 もはやほとんど強引で、秀正は律子から手紙らしいものを取り上げた。机の上から律子を押しのけるようにして。それから書かれている文章に目を通すなり、秀正は愕然の境地となった。

 

「……これはいったいなんね♨」

 

「……見てんとおりばい……☂」

 

 事ここまで到れば、もはや観念するしかないようだ。半分居直ったような律子の態度が、秀正をますますイラ立たせた。

 

「これにはおれと別れたかぁ〜〜っち書いとんばい! しかも祭子ば連れてやてぇ! これはいったいどげん意味っちゃねぇ!」

 

 つい声を荒げて秀正は律子を怒鳴り上げ、さらに右手を振り上げた。対照的に律子は、両方の瞳に涙をにじませた。

 

「お願いやけん、理由ば訊かんどって! 黙ってこんまんま、わたしと祭子ば行かせてほしかと!」

 

「うっ!」

 

 たとえどのような場合になっても、涙を流す女性には手が出せない。秀正は振り上げた右の拳をゆっくりと下ろし、今度は低姿勢になって、律子に理由を尋ね直した。

 

「いったい……こんおれのどこがいけんかったっちゅうとや? 仕事で長い間、留守にしたことね? それとも浮気三昧がいけんかったとか? はっきり言ってくれんね☂ おれの悪いとこば、必ず治すけん☃」

 

「浮気っ?」

 

 今一瞬だけ、律子の緑色である髪が天井へ向けて逆立ったような気が、秀正はした。そのため一気に青ざめる思いとなったが、律子はすぐに表情を元の沈んだ状態へと戻し、再び観念のような面持ちで口を開いた。秀正は内心でほっとした。

 

「……ヒデ、わたしのこん髪の色……どげん思う?」

 

「髪って……そん緑ん髪んことけ?」

 

 秀正は改めて、自分の妻である律子の髪を眺め見た。室内を照らすロウソクの灯りの中、光に浮かぶ律子の髪は、見事に樹木の緑色をしていた。

 

 秀正もその性格柄、いろいろな女性のタイプを知っていた(これはこれで問題だったりして☠)。しかし自分の女房ほど変わった髪の色をしている女性は過去現在、一度もお目にかかった経験はなかった。

 

「まあ……確かに珍しかぁ〜〜っち思いよるっちゃよ⛑ やけど、おまえがずっと前に言いよったちゃよ♐ これは穴生家に代々伝わる遺伝であって、大したことやかなっちね✄ そやけ、祭子の髪かて緑色やし……✍」

 

 子供部屋のベッドですやすやと寝息を立てているふたりの愛娘も、母親と同じで緑の髪。秀正はこれも律子と同じく、祖先からの遺伝による現象と信じていた。その理由はなにしろ、この世に亜人間{デミ・ヒューマン}の種族が、あまりにも多い世の現状があった。

 

 決して差別の思いなど無いのだが、秀正は彼ら亜人間に比べれば律子と祭子の緑の髪など、まるで可愛い部類だとも思っていたのだ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system