『剣遊記]』 第二章 薔薇と愛妻の秘密。 (12) いつものごとく、時間を遡る。
「たっだいまぁーーっ♡ おーーい♡ 律子に祭子ちゃわぁ〜〜ん♡ お父様のお帰りばぁ〜〜い♡」
秀正が遠出の仕事を終え、なつかしの我が家へと帰ってきた。ところが彼を待っていたはずの自宅は、なぜか全体的に消灯中の有様となっていた。
時刻は夕方。そろそろどこの家庭でも、夜の光が灯される時間であるのだが。
「律子ぉーーっ♨ おらんとねぇーーっ♨」
秀正がいくらドアの前から大声で呼んでも、家の中からは返事がひとつも戻ってこなかった。
「おれがきょう帰ること知っちょうくせに、律子んやつ、今ごろ買いモンでも行っとんやろっか?」
けっきょくぶつくさと文句を垂れながら、仕方なく合い鍵で、秀正は玄関ドアを開けた。鍵はしっかりと架かっていた。
「こん物騒な世の中なんやけ、女性が夜中近くに外出するもんやなかばい☠」
秀正は律子が帰ったら、そこんとことっちめてやろうかと考えた。無論、本当にそれを実行など、絶対に不可能な話。それはとにかく、ひさしぶりで我が家に入ると案の定、家の中はすべて真っ暗な状態。それでも亭主が我が家に帰って最大の楽しみといえば、やはりこれに尽きた。
「さてと、祭子ちゃんば静かに寝とるんやろっかね……っと♡ まっ、いっしょに買いモンに行ってなけりゃの話やけどね♡」
居間に常備している角燈{ランタン}にマッチで火を灯し、数十日ぶりである愛娘の寝顔に挨拶しようと、秀正は早速、祭子が寝ているはずの子供部屋へと足を向けた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |