『剣遊記]』 第七章 薔薇の女神、ここに在り。 (5) 秀正と律子の愛の邸宅は、相も変わらずの薔薇屋敷であった。
「おーーい! 秀正か、今来たっちゃけねぇーーっ!」
友美と涼子を連れた孝治は、玄関前で大きな声を出してみた。ところが中から聞こえてくる音は返事ではなく、なにやらドタバタとした騒々しいモノばかり。それからいきなり、バンッとドアが乱暴に開かれた。
「うわっち!」
「きゃあっ!」
『な、なんね!?』
家の中から現われた者は、必死の形相となっている秀正だった。しかもこれが、どこからどのように見ても、来客をきちんと迎える態度ではなかった。
「なんね、孝治け♠」
「ど、どげんしたとや? 秀正……なんあせっとうとね?」
面喰らった孝治は、かなりつっけんどん気味な秀正に理由を尋ねてみた。すると盗賊が今にも噛みつきかねないほどに顔を寄せ、孝治を相手にして一気にまくし立ててくれた。
「律子と祭子がおらんとばい! ちょっと昼寝するっち言ったきり、いったいどこ行ったっちゃろっか? 孝治は知らんね!?」
「今来たばっかしのおれたちに、わかるはずなかろうも☁」
「孝治……あれ☝」
秀正の慌てぶりが伝染しかけた孝治の右肩を、このとき友美がチョンチョンと軽く叩いた。それから右手で、上のほうを、そっと控えめに指差した。
友美が差した右手人差し指の方向は屋根の上。そこにも薔薇の花が満開となっていた。
「うわっち!」
その赤い薔薇の花が、孝治と友美に向かって、なんと葉っぱを数枚振っていた。これが人であれば、ふつうに手を振るような仕草でもって。
孝治は思わずであるが、声には出さずにつぶやいた。
(律子ちゃん……また薔薇んなって、屋根ん上におるったいねぇ……☂)
実の妻がそんな有様になっていようとは、まさに露ほども知らないであろう。秀正がますます、あせりの色を濃くしていた。
「おれはこれから森んほうば捜してくるけ! 孝治と友美ちゃんも協力しちゃってや!」
「あっ……ああ、うん、ええばい……☃」
「え、ええ……☃」
真実が言えない孝治と友美は、秀正に引きつりの顔で応じるしかなかった。
「じゃ、じゃあ……おれは屋根ん上から捜すけん……梯子ば貸して……♋」
「梯子けぇ……?」
一瞬だが孝治の申し出に、秀正が怪訝そうな顔付きとなった。しかし今の彼の頭には、疑念にいちいち付き合っている余裕はないようだ。
「梯子は物置きん中やけね! とにかくよろしゅう頼むっちゃよ!」
それだけを言い残し、秀正は森のほうへと駆け出した。玄関前に残った孝治と友美には、なんとも言いようのない罪悪感が、胸にひしひしとうずいていた。
「律子ちゃんも罪作りっちゃねぇ☠ 自分がワーローズになったことば秀正に言うとんやろうけど、完全な薔薇に変身できることは、まだ言うちょらんばいね☠」
「まあ……確かに安易に言えることやなかっちゃけどねぇ……☠ これはたぶん、わたしたちもおんなじっちゃけどねぇ☁」
けっきょく、ジッと立ち尽くすしかないふたり(孝治と友美)に対し、これまたお気楽な立場である涼子が、いかにもお気楽そうな催促の声をかけてくれた。
『ふたりとも、愚痴ばっかし言うとらんで、早よ屋根に上がるっちゃよ♡ 律子ちゃんが待っとうちゃけね♡』 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |