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『剣遊記]』

第七章 薔薇の女神、ここに在り。

     (2)

「え〜〜っと、ところで美香ちゃんは、どこにおるとですか?」

 

 ここで友美が話題を変えた。これに応えて可奈が、厨房に顔を向けた。

 

「きょうから真面目に給仕係見習いに励んどるずら♡ まぁず、いつまでも旅さいっしょに出来ねえからだにぃ♢」

 

 ところが明るそうなセリフとは裏腹に、可奈自身はやや、苦虫系の顔となっていた。

 

『あの子、自立心とっても弱そうやったけ、けっきょく可奈さんにいつもついて行くんやなか?』

 

 そばでこっそりと聞いていた涼子が――孝治と友美以外には聞こえないのに――小声でそっとささやいた。そこへ問題の厨房から、突然だった。なにやら大きな物音が、ドッシャンッ ガッチャァァァァァァンッと響いてきた。

 

「うわっち! な、なんね!」

 

 孝治も驚いて、厨房に顔を向けた。見れば給仕係の彩乃が、こちらに走ってくるところだった。

 

「可奈さん、おるぅ!」

 

「こ、ここにおるずらぁ☠ 美香が……なんかしたずらか☠」

 

 自分が名指しで呼ばれたからには、美香になにかがあったに違いない。それがわかっているであろう可奈の顔面には、すでに何本もの縦線が走っていた。

 

それからやはり、案の定だった。彩乃が可奈を見つけるなり、一気にまくし立てた。

 

「美香ごつか注意しちゃってやぁ! あいがお腹空いたっとか言うて、料理用のキャベツやら大根やら皿まで引っ繰り返してもうて、しかも生んまんまでバリバリ食べちゃうとよぉ! そいぎんたなんとかしんめぇ!」

 

「もう! 美香ったらだちかんずらぁ!」

 

 可奈が再び頭痛に苦しむ顔となり、彩乃よりも先に、厨房へと駆け込んだ。その後ろ姿を眺めながら、涼子も再びポツリとささやいた。

 

『未来亭に集まる人っち、みんながみんな問題児ぞろいっちゃねぇ♡ やきーあたしも取り憑き甲斐があるってもんちゃけどね♡』

 

 これではまるで他人事。もちろん孝治は言ってやった。

 

「いっちゃん問題児なんは涼子ばいねぇ☠」

 

「えっ? 『りょうこ』って誰んこつ?」

 

「うわっち! いっけね☠」

 

 彩乃から今の小言を聞き取られ、孝治は危うい気持ちで、自分の口を両手でふさいだ。

 

「な、なんでもなかっちゃよねぇ〜〜♥ な、友美♥」

 

「えっ? え、ええ……♥」

 

 いきなり言葉を振ってやった友美も、孝治の左で苦笑いの顔になっていた。

 

「?」

 

 彩乃はただ、可愛らしい瞳を白黒とさせているだけ。そのうしろでは涼子が、両方のほっぺたをふくらませていた。

 

『いーだ! あたしかて生まれ変わったら、ここ未来亭で働かせてもらいますっちゃけね♨ あたしはそれまでは我慢ばして、黒子に徹してあげるっちゃよ♨』


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