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『剣遊記15』

第五章 暗雲めぐる太平洋。

     (9)

 けっきょく、よくわからないわがまま千万な理由で、グアム島寄港は取り止め。らぶちゃんはさらに、東の方向へと船の舵を切った。

 

「ホンマニエエンカイノォ? ワシノ予定ガオカシュウナッテシマウキニィ」

 

 突然のスケジュール変更を強いられたらぶちゃんも、聞いてはっきりとわかるほどに、不満たらたらなしゃべり方をしていた。ここまで人間味あふれるとは、本当に優秀としか言いようのない、魔術の産物である。

 

「ほんなこつ、ごめん☻ とりあえず行き先ば、東のほうに変えちゃってや

 

 孝治はもはや船に人格を認めた気になって、両手のシワとシワを合わせ、らぶちゃん本人――いやいや本船に頼み込んだ。正しくはブリッジ中央に置いてある、心臓部の水晶球に向かって。

 

「よう考えてみたら、なしておれが、船のご機嫌ば取らんといけんとやろっか?」

 

 疑問ももっともであるが、今のところは抑えておく。

 

「で、蟹礼座さんと美奈子さんたちは、今なんしよんね?」

 

 なんとなく釈然としない思いのまま、孝治はずっとそばにいてくれている友美に訊いてみた。いつの間にかはわからないのだが、らぶちゃんへの操船指示は、孝治と友美の役目になっていた。

 

 その友美が答えてくれた。

 

「まあ、朝から変わらず、蟹礼座さんにベッタリばっかしやけどねぇ☻

 

「そうけ☹ 美奈子さんも船んこつ、いっちょもせんごとなったけねぇ✄ でもそれやけ、航海ば人任せにせんで、こちらで安全ば確かめながら進められるようにはなったっちゃけどね

 

 孝治の愚痴はいつもどおりであるが、考えようによっては、むしろこれ幸い(船の扱い方の良い勉強)と言えたりして。その点を友美が、ズバリと言い切ってくれた。

 

「ほんなこつやけど、そんとおりっちゃね こげなこつ言うたら失礼かもしれんとやけど、やっぱ美奈子さんの操船やったら、航海が不安だらけですっごい怖かっちゃよ やけん、ここはわたしたちでらぶちゃんにいろいろ言うて、無事な航海するに越したことはなかっちゃね

 

「そうっちゃねぇ〜〜☻」

 

 先に発言した立場でありながら、孝治も友美に応えてうなずいた。その空気に水を差すわけでもないだろうけど、やはりブリッジ内にずっといる涼子が、室内の左舷のほう――船首の方向で見て北の方角を、なにやら急に右手で指差した。

 

『見てん☜ あっちんほうの空、なんか黒う曇っとうっちゃよ♐』

 

「あっちんほう?」

 

 孝治も同じ北の方角に顔を向けた。船の方向が少し変わったので、正確には船尾側。北西の方角のようだ。

 

 とにかく北西に広がりつつある黒い雲を見て、孝治はすぐにピンときた。

 

「うわっち! ありゃ嵐の雲みたいっちゃねぇ☠ 船んうしろんほうからやけ、なんかあの雲に追っ駆けられるみたいな格好になるっちゃよ☢」

 

 同じ雲を見ている友美も、少しだけ不安そうな顔になって、船の操船システム――らぶちゃんに尋ねていた。

 

「あの雲、北っちゅうより西んほうから来ようみたいっちゃけど、こん船逃げられるとやろっか?」

 

 すぐにらぶちゃんが答えてくれた。

 

「ホンマ、イナゲナ雲ジャノウ。マア、ワシモアガイナ雲ハ苦手ジャケエ、早イトコイヌルコトニスルケエノオ。ッチュウコトデ、チイタアすぴーどヲ上ゲルケノォ」

 

 まさに言葉のとおりだった。らぶちゃんの船速が突然上昇したように、孝治と友美と涼子には、ビビビッと感じられた。


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