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『剣遊記15』

第五章 暗雲めぐる太平洋。

     (10)

 らぶちゃんが大きく揺れていた。それこそ右に左に、上に下にと。早い話がけっきょく、嵐からは逃れられなかったわけ。

 

「荒れるっちゃねぇ☠」

 

 そんな中、意外にも孝治は荒海に強かった。

 

「そうっちゃねぇ☠」

 

 友美も同様であった。

 

『素敵ぃ♡ これぞ大航海の醍醐味ってもんちゃねぇ☆』

 

 幽霊である涼子は問題外か。

 

 ブリッジに戻った三人(孝治、友美、涼子)は、船首から荒天中である太平洋の光景を眺め、船酔いとは無縁にささやき合っていた。

 

 自分たちにも理由はわからないのだが、とにかく揺れる船に強い体質は、真にもって有り難かった。もしもこの場に、あの船酔い間違いなしの魔術師がいたならば――その要らぬ苦労が無い点も、今は天に感謝の話であろう。しかし、今回の主役である肝心の美奈子は、やはり偉そうな態度で、船内を跋扈{ばっこ}ばかりしているだけ(もはや言うまでもないが言う。あの超マイクロビキニ姿のまんま)。こちらも海には強いようなのだが、それならそれで、嵐の中でも使える魔術を駆使していただきたいところである。

 

「とにかく舵ば、しっかり操作しちゃってや

 

 孝治は船の自動操船システム――らぶちゃんに向かって声を上げた。確かに船酔いには強いのだが、大海の荒天を乗り切れるほどの腕は、完全に素人を自覚している孝治でもあった。従ってここはやはり、らぶちゃんの実力に頼るしかないところが現状ともいえた。

 

「ワカットウケエ、チィタァオオモン、イイサンナヤ」

 

 戻ってきたらぶちゃんからの返答は、広島弁で『大きいこと言うな♨』という意味らしい。孝治としては船酔い関係なしで、なんかムカつく思いになるが、今はケンカをしている場合ではない。

 

「わかっとうなら、早よこん低気圧から抜けちゃってやあ!」

 

 それでも売り言葉に買い言葉。孝治は今度は、思いっきりに叫び返してやった。

 

「ネーちゃん、少し落ち着いたらどないや☻」

 

 このような非常時に、やはりと言うかブリッジに出てきた者が、案の定で千秋だったりする。その右隣りにはこれまたおまけで、千夏もいたりするのだが。ちなみにやっぱりふたりとも、船酔いしている形跡は、まったくなし。

 

「この船に乗っとうモンっち、みんな船に強かっちゃねぇ♋」

 

 今の孝治の感心には突っ込まないで、千秋がケロッとした顔で言ってくれた。

 

「そないに心配せえへんでも、このらぶちゃんが頑丈そうな船なんやさかい、文字どおり大船に乗った気持ちでおったらええんやで

 

「そげん言うけど、トラんやつはどげんなっとうとや?」

 

 やっぱり腹が立つので、孝治は話を別の方向に変えてみた。ところが千秋はこれにも、しゃあしゃあ顔で答えてくれた。

 

「トラも自分の小屋ん中で、完ぺきに熟睡してはるで でもなんやなあ、今この船に乗っとうメンバーって、ほんま荒海にも負けん頑丈モンばっかしやなぁ☆ 秋恵ねえちゃんも、しっかりしとったしなぁ ただひとり、例外もおったけどな☹

 

「れいがい?」

 

 千秋のセリフのお終い部分に、孝治はなんだか、聞き捨てならない要素を感じた。

 

「例外って……やっぱ船酔いしたモンがおるってことね? なんかピンとこんのやけど、それって誰ね?」

 

 疑問満載である孝治に、千秋があっさりと答えた。

 

「蟹礼座のおっさんやねんな♐」

 

「うっそぉ〜〜

 

「ほんなこつ?」

 

『まさかぁ〜〜

 

 孝治、友美、涼子の瞳がそろって、見事な点となった。無論涼子の存在を認識した千秋には、幽霊の驚き顔も見えていることだろう。その点で言えば、今のところ蚊帳の外となっている千夏ひとりだけ、無邪気かつ天真爛漫に笑っていたりする。

 

「あっれぇ〜〜☀ 孝治ちゃんに友美ちゃん、そんなにビックリさんしてどうしたんですかぁ??? 千夏ちゃんもぉビックリさんですうぅぅぅ♡♡♡」


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