前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記15』

第五章 暗雲めぐる太平洋。

     (4)

「!?」

 

 思わず大きな声が出そうになって、秋恵は大慌てで、自分の口を両手でふさいだ。さらに闇に慣れた視力のおかげで、寝ている者が蟹礼座ではないことも判明した。

 

 先に寝ていた者は、なんと女性であった。それも今やすっかり瞳になじんでいる、魔術の師匠――美奈子なのだ。

 

「み、美奈子先生!」

 

 先ほどからの大慌ての続行で、秋恵はうちに声を上げつつベッドから飛び出した。その声と騒がしい音で当然ながら、裸の美奈子も瞳を覚ました。

 

「な、なんですのん!? いったいどないなってまんのやぁ!? なんや、秋恵はんやおまへんか☛ わかっとう思いまんのやけど、ここは蟹礼座はんの寝床なんどっせ☻☹」

 

 美奈子も超驚きの感じで、上半身をベッド上にて起き上がらせた。一応熟睡していたようなのだが、それも一瞬にして覚醒したようだ。ただし、大きな胸は丸出しのまま。突然の闖入者が秋恵とわかったので、早くも隠す必要性をなくしたみたいだ。もともとオープンな性格でもあるが。

 

「み、美奈子先生……☁」

 

 その闖入者である秋恵が、改めて大き過ぎる疑問を、体に一糸もまとっていない魔術の師匠に訊いてみた。

 

「ど、どがんして……美奈子先生が……自分でも言いようばってん、ここっち蟹礼座さんに用意された部屋なんばい!」

 

「そ、それは、まあ、そのぉ……☁」

 

 今度は美奈子が口ごもった。どこかやましい気持ちが、本心のどこかにあるようだ。それでも嘘だけは言わないところが、彼女が本質的に悪人になれない要因なのであろう。

 

「う、うちはそのぉ……蟹礼座はんに夜這い……やのうて、身辺警護しよう思うて、こうしてベッドに入ったんどすが、なんでか蟹礼座はんがおらへんさかい、おトイレにでも行きはったんでっしゃろうな、思うて、ベッドの中で待つことにしたんどすえ そしたらいつん間にか、ほんまに眠ってしまいよったみたいどすなぁ

 

「蟹礼座さんやったら、今んとこ別ん部屋で寝てもろうとうけね

 

 続いてドアがガチャンと開く音がして、ふたり(美奈子と秋恵)にとってはよく知る声がした。

 

 孝治であった。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2018 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system