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『剣遊記15』

第五章 暗雲めぐる太平洋。

     (3)

 ゴクリと秋恵は、ツバを飲んだ。さらに全身が、緊張で固くなっている自分を自覚した。

 

 男性の寝床への夜這いなど、きょうのきょうまで実行した経験はおろか、発想した記憶さえ、まったく無いからだ。

 

 そこまでして秋恵を急き立てる理由はなにか。答えるまでもなく、ライバル(?)の存在であろうか。

 

 そんな、自分自身でも理解のできない心境の下、秋恵はそぉ〜〜っと、ベッドに体を横たえてみた。たぶん熟睡しているらしい蟹礼座は、この時点において、起きようとする素振りすらなかった。

 

 これ以上の無茶と無謀を実行する勇気は乏しいのだが、秋恵なりに、小さな覚悟はできていた。

 

 それから秋恵はとうとう、毛布の中にまで全身を潜入させた――と、ここまではある意味、大成功と言える範疇であろう。ところが秋恵は、ベッドの先住者(蟹礼座氏)がなぜか、寝間着を着ていないことに気がついた。同じベッドで先に寝ているはずの相手は明らかに、生温かな感触丸出しなのだ。

 

「えっ?」

 

 これに不思議を感じた秋恵は、相手が起きるかもしれない恐れも忘れ、毛布の下からガバッと起き上がった。

 

 すでに暗闇に瞳が慣れているので、室内の様子はだいたい見えていた。

 

「きゃっ!」

 

 その瞳で見えた相手の体は、感触で気づいたとおり、まさしく寝間着を着ていなかった。それどころか下着の着用もなし。要するに素っ裸で、ベッドに寝ていたわけなのだ。


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