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『剣遊記15』

第五章 暗雲めぐる太平洋。

     (2)

 夜である。らぶちゃんの船内は夜間用の赤色照明以外、すべて消灯となっていた。そのような赤一色の通路で枕を右手にかかえ持つ秋恵が、足音を立てないようにして、一路ある部屋を目指していた。

 

 今さら言うまでもないが目的地は、蟹礼座氏のために特別に用意をされた寝室である。

 

 思いっきりに余談であるが、秋恵が着ているネグリジェは、やっぱり桃色。どこまでもピンク好きな娘なのだ。

 

「まさかこがん夜中まで美奈子先生、蟹礼座さんにアタックばしたりせんっち思うとばってん、先ば越されんうちに、あたしからアタックかけちゃるばい

 

 自分でペラペラと目的をしゃべってくれるから、筆者としては、とても有り難い。要するに秋恵は自分の師匠である美奈子を出し抜いて、先に夜這いをかける気でいるようだ。

 

 幸いと言っては言葉に語弊があるのだが、各個室は施錠をされておらず、誰でも他人の部屋に、自由に入れるようになっていた。もっとも秋恵の場合だと、部屋のドアに鍵がかかっていたとしても、自分の体を液体化させてその隙間から、簡単に侵入できる荒技もあるのだが。

 

「それは最後の手段にしとくばい

 

 ここまで自分で断言しているのだから、必要性を感じたら、手段の行使にためらいはないらしい。などとつぶやいているうちに、目的のドアの前に、本当に到達。それから秋恵はドアのノブを、そっと右手で握って回した。どうして持参したのか、今となっては理由のわからない枕を、左の小脇に大事そうにかかえたままで。

 

 さらに音を立てないよう静かにドアを開くと、備え付けのベッドに、人が寝ている気配と雰囲気が確かにあった。


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