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『剣遊記15』

第五章 暗雲めぐる太平洋。

     (11)

 孝治たちは今やすっかり、ブリッジ内であたふたの有様。それと同じ最中である。秋恵は今も、蟹礼座に付きっきりを決め込んでいた。ただし蟹礼座は千秋が孝治たちに教えたとおり、嵐で揺れまくる船に本当にダウンをしたようで、自分に当てられた部屋のベッドに寝込んで、まさに青色吐息の状態となっていた。そこに秋恵も、同席しているわけ。

 

「あふぅ……わしゃあ、もう駄目じゃあ……☠」

 

「そがんこつ言わんでよかろーもん、元気ば出しんしゃいよぉ♋」

 

 秋恵は本気で、蟹礼座の容体を心配した。しかし彼女は、自称船乗りである蟹礼座が船乗りをしているという不自然な今の姿に、特に疑問を感じていない様子っぷり。そんな所へドアがガチャッと開き、案の定でのこのこと、美奈子が部屋に入ってきた。

 

 例の超マイクロビキニ姿のまんまで(しつこすぎ!)

 

「おやまあ、秋恵はんやおまへんか☻」

 

「あっ、美奈子先生☹」

 

 両者ともに、特に驚く顔でもなし。お互いこの事態は、なかば予想の範疇に入っていたのだろう。それでもとりあえずは、両者笑みを浮かべてのなごみ合い(?)。多少の引きつり気味は不問にする。

 

「秋恵はんもまあ、ビックリするほどぎょーさん献身的に蟹礼座はんを看護しなはって、まっこと感心でおますもんやなぁ♣ そのお優しさ、このうちかてぎょーさん見習わなあきまへんものどすえ♥」

 

「そがん言わんかて、美奈子先生かて蟹礼座さんのご看病に来たとでしょ☚ やきー、ここはふたりで協力ばして、蟹礼座さんば早よ元気になってもろうたほうがええと思うとですけどぉ☻」

 

 一応はニコやかなる、エールの交換と言ったところか。だけれど両者(美奈子と秋恵)とも、実はお互い気づいていた。双方の瞳がそれぞれまったく、笑みを浮かべていないことに。

 

 そこへまたタイミングよく――と申すべきか、外の荒天のため、船――らぶちゃんが大きくグラリと、右舷方向へ思わず危険を感じるほどに傾いた。

 

「きゃっ!

 

 美奈子はこのチャンス(?)を見逃さなかった。揺れは実際に、体が倒れかねないぐらいあったので、見事にそれを利用。美奈子はわざとらしいほどに可愛らしい声(あまり似合わない)を上げ、蟹礼座が寝ているベッドの上に、必要以上の演技力でバサッと倒れ込んでみせた。

 

「きゃっ! 美奈子先生っ!」

 

 当然秋恵も声を上げた。こちらは大きな驚き――同時に隠しきれない嫉妬も交えて。しかも秋恵の瞳には、水着姿(ほとんど裸と同じ)の美奈子が、蟹礼座の上からあからさまに抱きついた――としか見えなかった。実際にそのとおりで、美奈子は確信犯で、このような暴挙(?)を決行したようなのだ。

 

「ひでぶっ!」

 

 さらに当然のごとくで、美奈子の下敷きとなった格好の蟹礼座としては、これはたまったものではなかった。それを口から出すのは禁忌中の禁忌だが、美奈子の全体重が、いきなり身の上から圧し掛かってきたのである。その激痛と苦痛と窒息感たるや、まさに想像するのも恐ろしい。

 

 しかしこれも当然ながら、美奈子に加害の意識はゼロ。

 

「ぐえほっ!! げほおっ!!」

 

「おやまあ、蟹礼座はん、かなんことになっておまんなぁ☃」

 

 自分のせいで蟹礼座が苦しんでいるというのに、その根本原因が、まるでわかっていなかったりする。

 

「きゃっ! 美奈子先生、そこばどいてあげんしゃい!」

 

 秋恵が慌てて、蟹礼座の上に寝んかかっている美奈子を、乱暴ながら両手で強引に押しのけた。

 

「大丈夫けぇ、蟹礼座さん!☠☢」

 

 秋恵が声をかけてもしばらくの間、蟹礼座は『あわわ☠』の口調で、うめき声を発するのみだった。それでも美奈子は、ケロッとしたもの。

 

「ずいぶんとお甘い秋恵はんどすなぁ☀ 男はんやったらこないなことぐらい、あほらしくらい乗り切ってみせはるもんでっせ☻」

 

「そがんな日本語、なかですばい!♨」

 

 秋恵と美奈子、両者の認識は、もはやズレにズレてのズレまくりと言えた。


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