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『剣遊記W』

第六章 悪徳酒場の大乱闘。

     (8)

「うわっち! あ、あれぇ……?」

 

「いくら顔と容姿に自信があったかて、使い方知らんかったら、ただの大ボケやで☃ そこんとこ、よう覚えときや☠」

 

 見張りを一撃で片付けてくれた者。それはなんと、沢見であった。そうなると当然、沢見のうしろには沖台もいた。

 

 孝治はなんだか信じられない気持ちで、沢見に尋ねてみた。

 

「お、おれば……助けてくれたと?」

 

「……ま、まあ、そう言うこっちゃねん♥」

 

「?」

 

 沢見の笑みには、なぜか多少の含みが混じっている感じがした。孝治もその点は見逃さなかったが、今はそれに突っ込んでいる場合ではなさそうだ。

 

 孝治のそんな気持ちを、まるで見透かしたかのようだった。沢見が今度は、大きめの声で返してきた。

 

「そ、それよか、これやこれ!」

 

「うわっち! お、おれの剣ばい!」

 

 大阪商人がなんの前触れもなしに現われたこともさることながら、ついでに孝治愛用の中型剣まで、きちんと用意をしてくれていた。

 

 孝治にはこちらのほうが、もっと重大な驚きとなった。

 

「ど、どげんして、この剣ば取り返したと?」

 

 これに沢見は、やはりの含み笑い気味で答えてくれた。

 

「簡単やがな☆ 倉庫の鍵を門番からちょろまかしただけやさかい☻ あいにく鎧は別ん所で間に合わへんかったけど、剣があったら充分やろ!」

 

「当ったり前ばい! この剣さえあったら、おれは鬼に金棒なんやけ!♡」

 

 孝治は沢見から受け取った剣を、右手で高々と頭上に振り上げた。ただ、バニーガールのままで剣を握る姿は、少々違和感ありと言えるかも。これは孝治も自覚はしていることだが、もっともそれを言うなら沢見の服装も、いまだ漫才用衣装(赤い蝶ネクタイ付き)のままである。しかし今となっては、もはや格好など、どうでもよかった。

 

 愛剣さえ手に入れば、孝治に不足など、なにもないのだ。

 

「よっしゃあーーっ! やっちゃるぅーーっ!」

 

 孝治は高らかに宣言した。そのとたん孝治たち三人の背後でズッドオオオオオオオオオンンンッと、なにかが破壊される大音響が轟いた。

 

「うわっち! な、なんね! 今ん音!」

 

 孝治は大いにうろたえた。ところが沢見と沖台は、そろって平然としたままでいた。

 

「どうやら、おっ始めたようやな☀」

 

 沢見が音のした方向に顔を向けた。まるで想定内とでも言いたげな態度でもって。

 

 孝治は訊いた。

 

「おっ始めたって……なんがね?」

 

 沢見は振り返りもせずに答えてくれた。

 

「荒生田はんも暴れ始めたってことやねん☀ 急なことやさかい、作戦も策もあらへんけど、こんなとこ逃げ出すんやったら早いうちにってことや✌」

 

「せ、先輩がぁ……?」

 

 あの変態先輩が、先陣を切ったらしい。孝治はこのような話の展開に、とても意外な気持ちがした。それでは今まで、漫才芸に身を捧げていた姿は、真意を隠す策術だったのか。

 

「なるほどっちゃねぇ✌ 『敵ば欺{あざむ}くにはまず味方から』って、古いっちゃけど現代でも立派に通用する兵法たいねぇ✌」

 

 そのように考えると、孝治の体内を流れる戦士の血が、無性に暴れたくなってウズウズとしてきた。

 

「そう言うことや! 悪の麻薬組織をメッタクソのギッタギタにしてやるんやぁ!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 さらに沢見から焚きつけられ、孝治は完全その気になった。それからさっそく、バニーガール姿に似合わない雄叫びを上げ、破壊音の轟いた建造物内へと突入した。これももちろん、バニーガールの格好のまま。もはや孝治の頭には、疑念も打算もなかった。あるのは『正義は我にあるとやけ☀☆』と勝手に決め込んだ者だけが持ちうる、暴走的火事場の馬鹿力のみ。だからあとに残った沢見と沖台のささやき言など、このとき耳に入るよしもなし。ついでにふたりが、なぜかニヤついている様子にも、まったく気がついていなかった。

 

「兄貴ぃ、うまく行きやしたねぇ♡」

 

「チョロいもんやで♡ それはそうと、わいらの準備のほうはええんか?」

 

「へい♡ バッチリOKでんがな☆」

 

 沢見と沖台は、孝治の走っていった方向とは正反対。こっそりと店の正面に足(と節足)を向けていた。


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