『剣遊記W』 第六章 悪徳酒場の大乱闘。 (5) 現場に駆けつけたときには、すでに騒ぎは収まっていた。孝治はそこで、顔面ボコボコ状態でいる沖台と、バッタリ出くわした。
「……こりゃまた、こっぴどうやられたもんやねぇ……☠」
これより他には、なにも言えなかった。孝治はそっと、手持ちのハンカチを差し出した。
「ああ、すまん☁」
受け取ったハンカチで、沖台が顔にこびり付いた鼻血や泥をぬぐい取った。
どうせ店からの支給品である。だからいくら汚しても、まったく構わないといったところ。
「しっかし……あのアホ監督……ようやってくれたもんやで☠」
明らかにくやしさを噛み殺しながら顔を拭いている沖台に、孝治は小声で尋ねてみた。
「ねえ……和秀さんのことももちろん心配しとるとやけど、最初に叩かれた人は、いったいどげんなったと?」
汚れたハンカチを孝治に返しつつ、沖台が「くくく……☃」と苦笑した。
「大丈夫や☀ おれに矛先が向いたもんやさかい、そん隙に逃げてもうたわ☆」
「なんねぇ♨ 人の恩ば知らん野郎っちゃねぇ♨」
「しょーがあらへんがな♦ あんな場合やったんやからなぁ♘」
孝治は少し立腹したが、沖台は別に、気にもしていない感じでいた。
そんな含み笑い混じりの態度を見て、ずいぶん寛大っちゃねぇ――と思いつつ、孝治はこれが自分やったら、逃げた野郎もしばいちゃる――と、密かに考えた。
さらに孝治は話題を変え、沖台の左耳に、そっとささやいた。
「それと、もうひとつあるっちゃけどぉ……ちょっと訊きたいことがあるとやけどぉ✍」
「なんや✄ おれんことはもう終わりなんやなぁ✃」
あからさまに愚痴を入れてから、沖台が孝治に応えてくれた。
「とにかくなんや? もうひとつって☞」
孝治はズバリと訊いた。
「袋ん中に入っとった白い粉……あれってなんね?」
質問のあと孝治は、周囲をキョロキョロと見回した。ところが問題の白い粉は、すでにひと粒も見当たらなかった。実に素早い片付け術であった。
それはとにかく、とたんに沖台が顔色を青色に変えた。
「!」
さらに孝治の口を急に両手でふさいで、そのまま店の裏手にある倉庫の陰まで、ズルズルと引きずっていった。すべて、いきなり、無理矢理的に。
「むぐうううううううっ!」
孝治はなにがなんだか、訳がわからなかった。しかし、孝治を拉致同然に倉庫の物陰まで連れ込んだ沖台は、建物の裏からそっと、周囲の様子をうかがった。
それからどうやら、誰もいない状況を確認したようだ。ここでようやく、孝治の口から手を離してくれた。
「すんまへんなぁ☂ 今のひと言が、仰山ヤバかったもんやさかいにな☠」
しかし孝治は、グッタリとした状態。全身からすっかり、力というモノが抜けていた。
この明らかに死にかけている孝治を見た沖台が、大いに慌てた。
「あかん! 呼吸器官全部ふさいじまったもんやけ、こいつ白目むいとうやないか!」
孝治は危うく、窒息死寸前となっていた。あとで思い出せば、このとき生まれてからきょうまでに見た光景が、走馬灯のように頭の中で浮かんでいた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |