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『剣遊記W』

第六章 悪徳酒場の大乱闘。

     (4)

 休憩時間。

 

「あ〜〜、疲れたぁ〜〜☠」

 

 酒場の二階。休憩室の窓辺の席で、孝治は身も心もボロボロの気持ちのまま、椅子にもたれかかってため息を吐いた。

 

「それじゃ私……行ってくるきに……☁」

 

 同僚のバニーガールが、明らかに疲労を蓄積させたやつれ顔で、酔客でにぎわう職場へ戻っていった。どんな理由だか皆目わからないのだが、勤務中は水分の摂取さえ厳禁にされている。そのため休憩中の間だけ、バニーガールたちは水道水をガブ飲みにしていた。

 

「つらいとは、おれだけやなかっちゃよねぇ……☠」

 

 部屋でひとりっきりになってから、孝治は同情と自嘲を混ぜ合わせたような思いでつぶやいた。

 

「ここはほんなこつタコ部屋っちゃねぇ☠ 年中無休で一日{いちんち}たりとも休みばいっちょんもくれんで☠ しかも連日連夜、深夜までの営業なんやけねぇ〜〜☠」

 

 それでも一応、休憩の時間だけは与えられていた(十分間だけ三回)。だがそれさえも、ただ不満を緩和させるだけの一種の懐柔策のように、孝治には思えてならなかった。

 

 日本の法律では、大型の商店には週に一度の定休が義務づけられていた。しかしこの店はその法を遵守する気など、まったくないようだ。もっとも法律のほうも規定だけで、破っても罰則はなしである。これでは実力と権力さえあれば、店に遵法の意思がなくて当然であろう。しかも社長や店長がワンマンともなれば、社則はガチガチに死守させるくせに、肝心の法律には無知と無視を決め込んでいるケースが多過ぎる。さらに社長の周りがイエスマンばかりで固められていたら、なおさら。これでは日本の将来は、お先真っ暗とでも言うべきか。

 

「まっ、どっちんしたって早かれ遅かれ、こげな店はいつかぶっ潰してやるっちゃけどね♨」

 

 孝治は(軽ぅ〜くだけど)謀反{むほん}を心に決めた。それから何気なく、窓から外の様子を眺めてみた。

 

「あれ? あそこにおるの、和秀さんやない♐」

 

 窓の下の中庭には、アンドロスコーピオンの沖台がいた。それも鞭をチラつかせた監督官(カマッ気とは別人)の威圧を受けながら、大きな革袋を荷馬車に積み込む作業を続けている――いや、続けさせられている光景が、瞳に写った。

 

 沖台の他にも、同じ境遇らしい十人ほどの使用人たちがいた。彼らもやはり、鞭の力をバックにした激しい罵声を浴びながら、黙々と荷積み作業を強制させられていた。

 

「和秀さん、姿ば見んっち思いよったら、あげなこつさせられよったんやねぇ……あれじゃまるで奴隷扱いやね☠」

 

 自分自身も充分以上に不幸であるが、それ以上に不幸な状態である。孝治の胸に、さらなる怒りが燃え上がった。

 

「……なんとかして、助けんといけんばい♨」

 

 だけども、今現在孝治にできることは、ただ傍観者的立場で眺めている他になかった。そんな思いでいる孝治の見ている下で、使用人のひとりがつまづいて転んでいた。

 

「うわっち! ヤバかっ!」

 

 さらにかついでいた袋を、地面にドサッと落としてしまった。そのとたん、白い粉のような物がまたたく間にバァ〜〜ッと、地面いっぱいに広がった。

 

 孝治ははっきりと、その現場を目撃した。

 

「白い粉け?」

 

 二階からでは、遠目でよくわからなかった。それでも確かに、白い色をした粉末状の物質なのは、ある程度の判別がついた。

 

 そのすぐあとだった。袋を落とした当の使用人には、言い訳をする間も与えられなかった。すぐに監督官から、鞭の乱打の雨あられを喰らったからだ。

 

 すぐに沖台が、なにやら抗議をしていた。しかし監督官はどうやら完全に、頭に血が昇りきっているらしかった。逆に沖台までが、鞭の洗礼を浴びる始末となっていた。

 

「うわっち! まずかっ!」

 

 仲間の災難を目の前にして、孝治は大慌てで休憩室から飛び出した。もちろんバニーガール姿のまま。けたたましい音を立てて、階段をバタバタと駆け降りた。


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