『剣遊記W』 第六章 悪徳酒場の大乱闘。 (3) とりあえず連中の目的は、孝治を笑いに来ただけのようだった。むしろそれ以上の挑発の意思があまりなさそうな様子には、大いに感謝をしても良いだろう。
ふつうであれば、大抵の場合態度が気に入らないのなんのと難くせをつけ、待ってましたとばかり、店側とグルになってやり込めてくる展開。やつらがこのタコ部屋みたいな店と結託しているであろう状況証拠は、明らか以前の話であるから。
『あったま来ちゃうわねぇ! あの連中、弱いモンばとことんいじめぬくんが趣味なんやろっか♨』
孝治の接客中(?)は比較的おとなしくしていた涼子が、テーブルから離れた所で、一気に憤懣を炸裂させた。
『孝治もよう、あげなこと我慢ばできるっちゃねぇ♨ あたし感心しちゃうぐらいやけ♨』
孝治はため息混じりで、ぷんぷん😠顔の涼子に応じてやった。
「まあ、今んまんまじゃなん言うても、『負け犬の遠吠え😭』やけねぇ☠ 騙されて契約ばさせられたっち言うても、実際先輩のサインがあるっちゃけ、出るとこに出れば有効にされるとやけね☠ やけん今は耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍びって心境ばい☂☃」
孝治としては、ひたすら艱難辛苦{かんなんしんく}の心持ち。これをカッコよく表現すれば、『明日のために今日の屈辱に耐える。それが男ってもんばい✊✊』と述べるような感じであろう。
ただし、今それを口にすれば、たちまち涼子から突っ込まれるかも。
『男って……孝治は女ん子やない☚』――などと。これくらいは孝治でも、すぐに予想ができるというもの。
だから言わなくて幸い。むしろこの瞬間、涼子の瞳がキラキラと輝きだした。
『やったらいつか、あいつらに復讐するったいね♡』
「うわっち!」
どうやら涼子は、早トチリをしているらしい。しかし孝治も、今となっては後戻りができなかった。
「……も、もちろんばい! おれをこげな目に遭わせて、ただで済むっち思うたら大間違いなんやけね!」
もはや半分ヤケクソである。実行はかなりむずかしそうな話だが。
(ほんなこつ……どげんしたらよかっちゃね?)
そんな孝治の揺れる心境とは関係なし。涼子はもろに大喜びだった。
『やったぁーーっ♡ やっぱそうでなくっちゃねぇ♡』
これで孝治の本心(?)を、知ったつもりになったようだ。涼子が万歳三唱🙌を繰り返し、その勢いで天井まで飛び上がった。もちろん幽霊なので、天井に頭が当たっても、ケガなどするはずがなし。
そんな涼子に向け、本当の気持ちを知られないようにしつつ、孝治は言ってやった。
「でも……きょうはまだやめとくけね☹ そうっちゃ! ちょっと頼まれてくれんね✌」
『なんね?』
天井からふわりと、涼子が舞い降りた。孝治はそこで、酒場のほうへ振り返りながら、そっとささやいた。
「なんやかんや言うたかて、やっぱこんまんまじゃ腹ん虫が収まらんけ♨ 今からあいつらの頭に、ポルターガイストで酒ばぶっかけてくれんね♐」
『わかったばい✌』
涼子がポンと、胸を叩いた。真っ裸の自分の胸を――である。
このとき孝治は思った。
(やっぱ……おれんほうが大きかっちゃねぇ✍)
胸の話は知らぬが仏。涼子は大乗り気の顔になっていた。
『喜んでやったげるっちゃよ♡ でも、自分の手ば汚さんで、あたしに仕返しの代行させるなんち、孝治も少しセコかっちゃねぇ♥』
「それは言わんとき♥」
このあと涼子は、孝治の頼みを見事に実行してくれた。
無論、酒場がちょっとした騒ぎの場となった顛末は、もはや語るまでもないだろう。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |