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『剣遊記W』

第六章 悪徳酒場の大乱闘。

     (2)

 ふらふらとした足取りで、孝治は重い大瓶三本を、指定の六番テーブルまで持っていった。するとそこにはなんと、見たくもない顔が三個。憎たらしいツラで並んでいた。

 

「よう! 頑張っとるなや、姉ちゃん♡」

 

「うわっち!」

 

 荒生田をたぶらかし、ワイバーンをまんまと騙し取った、インチキ戦士の三人組。そんな彼らが大きな顔で、六番テーブルに陣取っていた。

 

 ここでいつもの余談。あの夜インチキ三人組に同伴していた新顔のふたりは、この酒屋の店長と部下(カマッ気監督官)だったのだ。ただこのときは、ふたりともひと言もしゃべらなかったので、孝治も正体がわからなかったのだが。

 

 それにしても、ふつう詐欺師が人を騙した場合、被害者の前には二度と現われないケースが多いもの。

 

 だが、こいつらは違っていた。これはまさに、孝治たちに追い討ちをかけに現われたとしか思えない、恥知らずの厚顔ぶりと言えないだろうか。

 

 そんな彼らの中のひとり。口の周りに黒いヒゲを生やしている男が言ってくれた。名前なんぞはほとんど覚えていないが、確か『義巣缶{ぎすかん}』とか言うのとは違っていると思う。

 

「さあ、このコップに酒をごじゃんと注いでもらうきに♡ 俺たちのおかげでいい就職ができたんじゃけ♐ もっと感謝の気持ちを見せてもらいてえもんぜよ♪」

 

「あんねぇ……♨」

 

 言いたい文句は、それこそエベレスト山のごとく。しかしその言葉を吐き出すだけで、なんだかおのれの口が腐りそうな気分がした。だから孝治は無言でトレイを、テーブルの上に置くだけ。あとはグッと、自分でも似合わないと思える我慢を、孝治は貫いてやった。

 

 こんな孝治とは対照的。どうやら連中の神経は鋼{はがね}と言うより、超合金で出来ているようだ。とにかく嫌味をたらたら言うために、恐らく孝治の勤務中を知って、ぬけぬけと店に現われたとしか思えないほどであるから。

 

 ちなみに孝治はトレイをテーブルの上に置いてやったのだが、このときドシンッと、衝撃で酒のしぶきが飛び散るほどの乱暴な接客態度を見せてやった。

 

 この給仕係として大問題な振る舞いにより、三人の顔にびっしょりと酒が降りかかった。

 

 ところが多少の逆襲を喰らったくらいではビクともしないほど、連中は愉快な気分にあったのだ。

 

「ぎゃははははっ☻! 見るぜよ♪ この姉ちゃんのふくれっツラをよぉ☻☻☻」

 

 同じ戦士でありながら、品格のカケラも感じさせない、この堕落ぶり。

 

 怒りよりも、むしろ虚しい気持ちで、孝治は三人に背を向けた。


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