『剣遊記W』 第六章 悪徳酒場の大乱闘。 (1) 次の日も状況は、変わるはずもなし。孝治は酒場で、バニーガールの仕事に精を出していた(誤解なきように)。
『ほんとは楽しんどるんとちゃう?』
いつも付きまとっている涼子の冷やかしも、今や聞く耳持たず。ウサギの耳は、関係なしか。
「ほらぁ! このお酒、三番テーブルに早く持ってってちょうだい!」
「うわっち!」
厨房で、もはや天敵である監督官から尻を叩かれながら、大きなジョッキが載ったトレイを持たされ、それでも孝治は給仕の役目をこなし続けていた。
足取りもフラフラしている状況が、自分でもよくわかっているほどに。
このような生活が、すでに半月も続いていた。
「ほんなこつ腹ん立つ♨ 考えてみりゃ、こげなんやりようと、おれだけやけねぇ♨」
もともと我慢強くない性格は、自分でも自覚済み。だけれど無益な強制労働が半月も続けば、つい癇癪のひとつも爆発するというものだ。
『おれだけって……それって前にも言ったセリフやない?』
「そんくらい、わかっとうっちゃよ!」
孝治は涼子のツッコミに、怒鳴り返しで応じてやった。
「そんならまたおんなじことば言わせてもらうっちゃけど、朝から晩までいっちゃん長ごう働かされとるんが、おれだけっちゅうことばい! だいたい、こげな事態になった張本人である先輩なんか、漫才のネタ作りやっちゅうて、ほとんど楽屋にこもりっぱなしなんやけねぇ♨ 自分ばっかし楽してからに。これが不公平やのうて、なんやっちゅうとや!」
『言われてみれば、そうっちゃねぇ☝』
怒鳴りつけられた側の涼子も、むしろ孝治に同感してくれた。確かに肉体労働を強いられている者は、孝治とアンドロスコーピオンの沖台――このふたりだけである。
『まあ、友美ちゃんは歌がうまいっちことがわかったけ、歌唱力ば買われて舞台に立っとけばよかっちゃけどぉ……✌』
涼子のセリフに、孝治も追加のつもりで付け加えた。
「友美はいいったい♠ でも裕志は初日に厨房でいきなり皿ば十五枚も割ったもんやけ、さすがに現場でお払い箱っちゃね☁ やけん仕方のう、友美の伴奏で食いつないどうようなもんやけ、まだ許せるっちゃけどね……☃」
『そげんやったら、問題はふたりっちゃね☞』
「そうたい♨」
孝治は一度深呼吸をしてから、きっぱりと断言した。
「絶対許せんのは、先輩と沢見のおっさんやけ!」
『やっぱねぇ〜〜☠』
涼子もここで、大きく相槌を打ってくれた。
孝治は続けた。胸の中に溜まりに溜まっている憤懣が、あまりにも多すぎる気分なので。
「あんふたり、地味な仕事は嫌っとかぬかして、芸で稼ぐんやとかほざいて、けっきょくシワ寄せは全部おればっかしやけね♨ こげなこと許せるっち思うや!」
『いい歳こいた男ふたりが、そろいもそろってわがままっちゃねぇ☠』
「ちょっとぉ! なにひとりでベチャベチャくっちゃべってんのよぉ!」
孝治と涼子の間で、会話に熱気がこもったときだった。孝治のうしろから、恒例で(カマッ気)監督官が出現。後頭部をポカリと、右手の拳骨で叩いてくれた。
「うわっち! 痛っ!」
「これでも手加減してるんぜよ! 今度サボってるとこ見つけたら、次はあんたがおどろくほど本気出すわよ!」
「うわっち!」
孝治は、こちらこそ本気でこいつをしばきたかぁ――と思ってはいるが、現実はどうしても、やられっぱなしのようである。監督官はそんな孝治に向けて、脅しのつもりか。固く握った右手の拳{こぶし}を見せつけてもくれた。
それなりに腕に自信でもあるのだろうか。さらにこのあと、酒の大瓶が三本も載ったトレイを、孝治にドンと押し付けた。
「ほらぁ! これを六番テーブルに持ってってちょうだい!」
「うわっち! 重たかぁ☠」
孝治は情けない悲鳴を上げた。もちろんこの程度の弱みを見せたところで、容赦をされるはずがなかった。
「落とすんじゃないきに! 瓶を割ったらあんたの給料から差し引くから、覚悟おし!」
「くそぉ……最後覚えとくっちゃよ☠」
「なんか言ったかしら?」
「うわっち! いえ……別に!」
二度も殴られては損なので、孝治は慌ててトレイをかついだまま、速足で酒場へと駆け込んだ。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |