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『剣遊記W』

第六章 悪徳酒場の大乱闘。

     (16)

 孝治は店の奥へとつながる通路を、一生懸命に走り続けた。その孝治を先導して、涼子も友美を誘拐した店長を追跡中。ただしこの通路の先へは、孝治も涼子も、まだ行ったことがなかった。

 

「ほんなこつ店長は、こっちんほうに逃げたっちゃろうねぇ?」

 

 走りながら孝治は、半信半疑の思いで、涼子に訊いてみた。しかし孝治の前を浮遊飛行している涼子も、少し自信がなさそうな様子でいた。

 

『間違いないっち……思うっちゃけどぉ……☁』

 

「……まあ、仕方なかっちゃねぇ☁」

 

 かなり頼りにならないが、それでも孝治は涼子のあとを追うしかなかった。

 

 ちなみに楽屋でのびている裕志は、この際ほったらかし。孝治にとって友美と裕志。どちらが大切かと訊かれれば――これはもう、究極の野暮といえるものだろう。

 

 ところが孝治と涼子の後方から、またもや面倒極まる一団が現われた。

 

「くおらあーーっ! そこのイカれた女ぁーーっ!」

 

「待てって言ってんぜよぉーーっ!」

 

「うわっち! あの連中!」

 

『なんね、知っとうと?』

 

 走りながらうしろを振り返る孝治に、涼子が呑気そうな口調で尋ねてきた。孝治は前に向き直ってから答えてやった。

 

「ついさっきまで、先輩と戦いよった用心棒連中なんよねぇ! なんかもう、息ば吹き返したみたいばい!」

 

 さらに涼子が突っ込んだ。

 

『で、そん先輩は、今なんしよんね?』

 

 孝治はこれに、今度はかなり投げ槍的な気分で言ってやった。ついでに周囲を、キョロキョロしながら。

 

『知らんばい! それよか、そこの部屋に隠れるっちゃよ!』

 

 追い駆けてくる連中が大勢(およそ十人くらいか)なので、孝治はひとまず、通路の脇にある小部屋に飛び込んだ。それから急いでドアを閉め、しばらくここでやり過ごすようにした。もちろん涼子もいっしょである。

 

「あんなんにかまっておれんけね☢☻」

 

 隠れた理由としては、これが妥当なところであろう。ところが部屋に入ったとたんだった。涼子が顔をしかめ、おまけに鼻を右手でつまんでいた。

 

『なんか、この部屋……生臭そうない?』


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