前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記W』

第六章 悪徳酒場の大乱闘。

     (13)

「あんたらも早よ、こんな店からすっと逃げるちゃ!」

 

 最初、同じ境遇で働いていた店の従業員から、いきなりこのようなセリフを投げつけられたとき、友美も裕志も、正直まったく理解ができなかった。

 

 友美と裕志は楽屋にこもって、歌とギターの練習を続けていた。そこへ降って湧いたように彼女が飛び込み、冒頭のセリフとなったわけ。

 

「い、いったい……なんがありよんですか?」

 

 半分呆然に近い思いで、友美は尋ねた。しかし当の彼女の返答は、まったく要領を得ないものだった。

 

「あたしもようわからんきに!」

 

 なんと言っても、彼女自身が大いに慌てきっている感じ。

 

「とにかく店んほうが大騒ぎで、客もあたしの仲間もみんないなくなったきに! こんな店あたしも嫌いやったきおさらばさせてもらうけど、おまさんらもぐだぐだ言ってる暇があったら、早よ逃げな!」

 

 従業員は友美を急かすだけ急かして、自分から先に楽屋を飛び出した。

 

「なんがありよんやろっか? いったい……☁」

 

 友美はもろ不安な気持ちでつぶやいた。ふだんは気丈な友美がこの有様なので、小心の裕志など、遥かに動揺している面持ちでいた。

 

「……ど、どげんしよ……先輩も孝治も……沢見さんかておらんようやしぃ……☂」

 

 背中にギターを背負ったまま、部屋の中で右往左往を繰り返すばかり。もっともこればかりは、裕志を責める訳にはいかないだろう。元より友美と裕志は、荒生田たちが店に反旗を翻{ひるがえ}したことを、まったく知らされていないのだ。これではどちらかと言えば、裕志と友美に話を通さないまま、勝手に暴れ始めた荒生田たちに非があると言えるのかも。

 

 そんな浮き足立ちの魔術師――裕志を眺め、内緒で同室していた涼子は、その不甲斐なさに呆れていた。それから友美だけに、そっとささやいた。

 

『しょうがなかっちゃねぇ☠ あたしが外ん様子ば見てくるけ☞』

 

 ところが涼子が、幽霊らしくもなく開いたままのドア(先に従業員が飛び出したので)から出ようとしたときだった。

 

『きゃっ!』

 

 バッタリ店長と、鉢合わせの事態になった。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system