『剣遊記W』 第六章 悪徳酒場の大乱闘。 (12) 酒場の乱闘現場では、一対多数の荒生田が、今や逆に勝利を収める寸前となっていた。
広い店内には砕けた椅子やテーブルに混じって、荒生田の剣で峰打ちにされた用心棒たちが、激痛にうめきながら、床のあちらこちらに転がっていた。
そんな彼らを見回し、荒生田が吠えまくった。
「なんねぇ、なんねぇ♪ どいつもこいつも見掛け倒しの雑魚ばっかしやなかねぇ♫ これやったら少しでも本気ぃなったこんオレが、ほんなこつ馬鹿みたいばい♬」
ビッグマウスはいつものとおり。だが荒生田の言い分は、決して大袈裟というわけでもなかった。仮にも北九州市の格闘技大会。剣技の部門で毎年の優勝を誇っている、正真正銘の実力保持者なのだ。それがしかも、ふだんは各地に旅へ出て、山賊や怪物と戦って腕を磨いている、冒険の猛者でもある。だから雇い主の擁護下でぬくぬくと惰眠をむさぼり、滅多に剣を抜く機会のない子飼いの用心棒ごときなど、初めっから相手にはならないのだ。
とにかく鍛え方が、根本から違うのだから。
「くっそぉーーっ!」
「腰が甘かぁ☀」
怒声を上げて飛びかかった用心棒の剣を軽くカキィーーンと弾いて、荒生田が芝居がかった大見得を切った。
「これでてめえらの悪行も年貢の納め時っちゃね☆ 天が見逃したかて、この荒生田和志様の黒いサングラス😎が光っちょう限り、逃げることなんざ絶対できんとやけ☀ ……ところでてめえら、いったいどげな悪行やったとや?」
「ありゃりゃりゃりゃりゃ!」
床でうめいている用心棒たちが、一斉に口をあんぐりと開けた。
よくよく考えてみれば、荒生田は沢見からいきなり煽り立てられ、破壊活動も含めて大暴れを始めただけなのだ。おまけに没収されていた剣まで渡され、早い話がおだてられて調子に乗ったわけ。
「この店の悪事が発覚したで! 正義のために叩きのめすんやったら今やで!」
一事が万事、この調子。
そこには決起の理由など、なにもなし。しかし、そこはもともと、能天気な荒生田である。
「まっ、よかっちゃね♡ 今からゆっくり、てめえらば白状させりゃええことやけ♥」
事の成り行きを、深く考えるはずもなし。まずは自分が倒した用心棒への尋問に、早速で取りかかれば済む話。それにあとの面倒事も、沢見がうまくやってくれるだろう。つまりは一種の他力本願でもあった。
そこへ孝治は駆け込んだ。
「先ぱぁーーい!」
「おおっ! 孝治やないけぇーーっ♡」
すでに承知の話。孝治はバニーガール姿のまま。荒生田がこの状況を、うれしく思わないはずがない。
「孝治ぃ、可愛かばぁーーい♡ ゆおーーっし! オレん胸に飛び込んでくるったあーーいっ♐ 先輩の勝利ば祝ってやねぇーーっ♡♡♡」
「うわっち!」
このときいつもの癖――というか反射神経で、孝治は両手を広げて接吻💋{キス}の態勢で待ち受ける荒生田の顔面に、もろ左の拳{こぶし}を、ドガツンッと叩き込んでしまった。
「うわっち! いっけね!」
さらにこのあとすぐ、用心棒三人組も乱入した。
「待ちゃあがれ! こん野郎ぉーーっ!」
「うわっち! まずかっ!」
荒生田の顔面にめり込んだ左手を引き抜き、孝治は右手の剣を構え直した。それから発したセリフは、ただひとつ。
「そんじゃ先輩♡ あとばよろしく☆」
それだけを言い残し、孝治は一目散に駆け出した。一方でめり込んだ顔面を一瞬にして復元させた荒生田は(予想に違わずサングラスは無傷)、なにがなんだか訳がわからんといった面持ち。
「お、おい? 孝治っ?」
しかし目の前には、すでに新たな敵が現われていた。これで簡単に話は別となり、疑問も困惑も、どこかへ吹き飛んだ格好。しかも荒生田は鳥頭である。従って目の前に現れた三人組が、以前におのれを騙し、さらにこの店で働かせた張本人である事実を、完全に記憶から消去させていた。
「ゆおーーっし! また新手が出よったばいねぇ♡ こげんなったら誰でもよかっちゃけ、全員まとめて成敗しちゃるけねぇーーっ♐♡」
「くおらぁーーっ! おまえは俺たちとの契約破っとるっちゅうことがわからんのかぁーーっ!」
三人のうちのひとりが吼えても無駄だった。
「しゃあしぃったぁーーいっ! オレに斬られて死にやがれぇーーっ♥」
そんな飛躍しすぎの成り行きで、幸か不幸(たぶん不幸だろう)か。つい先ほどまでの因縁を断ち切って、新たなる剣と剣による戦いが開始された。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |