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『剣遊記W』

第六章 悪徳酒場の大乱闘。

     (11)

「て、店長ぉ!」

 

 今やへっぴり腰の監督官が、甘えるような仕草で、メガネ中年の右足にすがり付く。

 

「……た、確かにぃ、こん人が店長やったよねぇ……?」

 

 孝治にとってメガネ中年は、決して初対面というわけではなかった。あの日、ワイバーンを騙し取られた夜、詐欺師一味に加わっていた新顔ふたりの内の片方が、確かにこの顔だった――かもしれないからだ。ただ、あまりにも印象がふつうすぎて、孝治の記憶にほとんど残っていなかった――だけの話。むしろ初対面のときには、こちらのほうが連中の下っ端だと思っていたぐらいだ。それが店に連れて来られたらそいつが店長で、初めの三人組は金で雇われている用心棒だった――というわけ。

 

 つまりこいつが敵の総大将だということだけは、ほぼ間違いがなさそうである。

 

「おんしゃーほんま役に立たんのぉ! おまんなどクビじゃ!」

 

「ひえぇ〜〜っ!」

 

 店長の怒声混じりである解雇通告で、監督官が口から泡を噴いて卒倒した。この店長、見掛けに寄らず、けっこう大きな強権を持っているようだ。

 

 つまりワンマン。

 

 監督官に憐れみを感じないと言ったら嘘になるだろう。だけど一発しばかれた恨みの消えない孝治に、彼を助けてあげようという気は起こらなかった。それよりも今は、剣先を店長と用心棒どもに向けたまま、背中にいるバニーガールたちに叫ぶほうが先決だった。

 

「店ん中んことはよう知っちょるっち思うけ、とにかく左の非常口から逃げやぁ! ここはおれに任せて早よう!」

 

「はい!」

 

 完全に怯えきって、なかばパニック状態に近い心理でいる彼女たちである。ここはなんといっても、具体的な指示が実に効果的。バニーガールたちは孝治から言われたとおり、非常口からバタバタと外へ飛び出した。

 

 この間孝治は、店長と用心棒たちににらみを効かせ続け、脱走の妨害を一切させなかった。

 

「おのれぇーーっ! 俺が苦労して集めた看板娘どもを、ようやってくれたのぉ!」

 

 店長が地団太を踏んでくやしがる。逆に孝治のほうは、思いっきりに痛快であった。

 

「どうせ、こん辺りの貧しか人たちば騙くらかしてかき集めた女ん子たちなんやろ! いい気味たい☀」

 

 これに店長が、顔を真っ赤に反論した。

 

「騙したんじゃねえ! なんちゃ〜じゃない(高知弁で『どうってことない』)ことを言いな! 親を博打でそそのかしてイカサマで借金作らせて、娘を抵当にしただけぜよ!」

 

「悪の定番、そんまんまやろうも!」

 

 ついに孝治は、頭に血が昇った。その勢いのまま、イカサマ店長に斬りかかる――が、寸でのところで、用心棒たちから邪魔をされた。孝治の振り下ろした剣を、三人がかりの剣でガチンと受け止めたのだ。

 

「うわっち!」

 

 この隙に店長が踵を返し、脱兎のごとく、背中を見せて逃走した。

 

「待つったい! こん野郎ぉ!」

 

 すぐに追い駆けようとした孝治の前に、用心棒たちが再び邪魔に入って立ちふさがった。

 

「悪う思うなや♥ これが俺たちの仕事やきに♣☠」

 

 孝治はニヤつく彼らに叫び返してやった。

 

「思いっきり悪う思うわい! おまえらも戦士ん端くれやったら、こん店がやっちょう悪事に加担ばして恥ずかしいっち思わんとね! 詐欺やら労働基準法違反やら、いっぱいやりよんやけね!」

 

「知っとうぜよ♥」

 

 用心棒たちが居直った。

 

「俺たちもそんおかげで、ごじゃんと甘いおこぼれに授かっちょるきに★」

 

 そんな彼らに、孝治は言ってやった。もっとも重大だと思っている問題を。

 

「それが麻薬でもねぇ!」

 

「まやく? なんだそりゃ?」

 

 このとき一瞬、用心棒どもの顔に、『?』の文字が浮かんだ。孝治もそれを見て、『あれ?』と思った。だが今の状況は、それに疑問を感じている場合ではなかった。

 

「こげんなりゃ問答無用ばぁーーい! とりゃあーーっ!」

 

 大振りをした孝治の剣が、用心棒の革鎧を、紙一重でかすり斬る。

 

「わっ! 危ねえぜよぉ! おまんは本気かぁーーっ!」

 

「当ったり前たぁーーい!」

 

 用心棒から怒鳴られて、孝治も本気で叫び返した。これで何回目になるだろうか。しかし内心では、今さら遅い後悔もしていた。

 

(……ちょっと、まずかったみたいっちゃねぇ……☠)

 

 とにかく今のひと振りで、三人の用心棒を、本当に怒らせてしまったのだから。

 

「この野郎ぉ! 女子{おなご}んくせにふてえやつじゃあーーっ!」

 

 殺意の明白な剣が、ビュンッと孝治の脳天に襲いかかった。

 

「うわっち!」

 

 首の代わりに、ポトリと床に落ちた物。それはウサギの耳の左側。被害は一応それだけで、孝治も用心棒の剣を、紙一重でかわしたわけ。

 

 だがこれで、お互い頭が、完ぺきに逆上する結果となった。

 

「こんの野郎ぉーーっ!」

 

 もはや誰のセリフかわからない。しかしそれでも三対一は、孝治に断然不利だった。

 

「こげんなったら!」

 

 孝治も店長の真似をして、いきなりの踵返し。つまりが敵前大逆走。三人に背を向けた。

 

「ああっ! 逃げるなや、こん野郎ぉーーっ!」

 

 すぐに用心棒どもも、あとを追ってきた。

 

「もう、あそこしかなかっちゃねえ!」

 

 孝治はとにかく、荒生田が乱闘をしている酒場へと、逃げる足先を向けさせた。


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