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『剣遊記Z』

第三章 悪霊の棲む館。

     (9)

 美奈子――取蜂が、両目を細めて笑った。

 

「わしの屋敷を壊そうっちした報いじゃけー♨ この女にゃー嫌っちゅうほどの屈辱を与えてやるけんのー☠」

 

 孝治も負けずに叫んでやった。

 

「てめえっ! 今が真っ昼間やっちゅうとに、人に取り憑けるっちゅうとねぇ!」

 

 しかし悪霊も、売り言葉に買い言葉。

 

「そんくれーたやすいことじゃけー✌ しかも人に乗り移れば、そいつの魔術も使えるんでのー!」

 

 それから突然、大きな奇声を、美奈子――取蜂が張り上げる。

 

「きえーーっ!」

 

 さらに美奈子に憑依している取蜂が、着ている黒衣を一気にまくり上げる暴挙に出た。孝治はたちまち、瞳のやり場を失った。

 

「うわっちぃーーっ! や、やめんねぇーーっ!」

 

 こんな話、知っていてもしょうがないのだけれど、美奈子はなんの主義(実は変身魔術多用のため)があるのか。いつも下着を身に付けていないのだ。従って黒衣を脱いでしまえば、あとに残るモノは――履いている靴だけとなるわけ。

 

 つまりが全裸。

 

「うわーーはっはっはっはっはっはっ☀ この女、綺麗じゃ体しとうのー✌」

 

 とにかく完全なる真っ裸となった美奈子が、まるで勝ち誇ったかのように、さらなる大声で笑い始めた。いや、実際に取蜂は勝ち誇っていた。

 

「よっしゃーーっ✌ こんまま町まで飛び出して、この女のあられもない丸裸を、よーけ世のさらしモンにしてやるけんのー☆」

 

 しかも笑い始めながら、手に持っていた黒衣を、孝治たちに向けて投げつけた。

 

「うわっぷ!」

 

 投げられた黒衣をかぶせられて視界を奪われ、その下で孝治と友美と千秋が懸命にもがいた。

 

『待ちんしゃーーい!』

 

 三人が黒衣の下から逃れようとしているときだった。涼子が逃げようとしているらしい取蜂を、追い駆ける声が聞こえてきた。

 

 もちろん孝治と友美だけに。

 

 それからようやく黒衣を取り払ったときには、すでに眼前から美奈子の姿は消えていた。

 

 同様に涼子もいなかった。

 

 孝治は叫んだ。

 

「しもうたぁーーっ! 逃げられたぁーーっ!」

 

 しかもドタバタしていて、足音も聞き逃す失敗の繰り返し。おまけにこの場は、館の中の一番奥の通路となっている。これではいったい、どっちの方向へ行ってしまったものやら。まったくわからない有様。

 

 孝治は猛烈に心配した。

 

「涼子んやつ……無理すんじゃなかっちゃけね!」

 

 果たしてこのような状況下、ふつうの幽霊(?)である涼子が悪霊などを追っ駆けて、ほんなこつ大丈夫なんやろっか――と。


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