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『剣遊記Z』

第三章 悪霊の棲む館。

     (8)

『そうはいかんちゃー!』

 

 美奈子と友美。ふたりの魔術師が悪霊退散呪文の構えを取る暇{いとま}も与えず、取蜂が自分自身の霊体を、まるで矢のように――いや、光線のように急加速させた。

 

 これはふたりに向かっての、まさに肉弾――もとい霊弾特攻と言えるかも。しかし取蜂は、なぜか友美は無視。完全に狙いを美奈子ひとりに定めていた。

 

『こん女の体ぁ! もらったけんのー!』

 

「きゃあーーっ!」

 

 もはや避ける術もなし。美奈子の体に取蜂が突入。実態は憑依なのだが、そうとしか思えない早業だった。

 

「あーーん!」

 

 衝撃で友美の体が弾き飛ばされた。

 

「うわっち! 危なかぁ!」

 

 孝治は慌てて両手を広げ、全身で友美を受け止めた。ぶつかったとき孝治の体に強い衝撃が走ったけど、あとの戦いに響きそうなほどのダメージは、幸いにも受けてはいなかった。また友美は、感謝の瞳で、孝治を見つめていた。

 

「あ……ありがと、孝治☺ 胸が大きかったけ、ええクッションになったっちゃねぇ♥ ちょびっとくやしかなんやけどぉ……☁」

 

「うわっち! 今そげんこつ言わんでよかろうも! それよかあっちば見てみい!」

 

 この期に及んで胸の大きさに小さな嫉妬をしている友美には、この際構わないようにした。それよりも孝治は、目線を女魔術師――美奈子のほうへと向けた。その美奈子は最初、なにがなんだか皆目わからず、ただ呆然と立ち尽くしているようにしか見えなかった。そこへ涙目となっている千夏が、急いで駆け寄った。

 

「美奈子ちゃぁぁぁん! 気ぃしっかり持ってくだしゃいですうぅぅぅ☂」

 

 ところが泣きながら走ってくる千夏を、信じられない事態。美奈子がバシッと、無情にも右手で払い除ける態度にでた。

 

「師匠! 千夏になんてことするんやぁ!」

 

 千秋も驚いて、払われてコケそうになった千夏の体を支えながら、孝治も初めて聞く師匠への抗議を叫んだ。しかし美奈子は千秋には耳も貸さず、それどころか逆の行動。いつの間にか真っ赤に充血している瞳で、孝治たち一同をギラリとにらみ返したのだ。

 

 それから野太い声でしゃべった。ふだんの京都弁が、完全に消え失せている声音でもって。

 

「知らんけんのー☠」

 

 声質は美奈子のままだった。だが口調が、驚くほどに変質していた。

 

 もちろんこれは悪霊取蜂のしゃべり方。しっかりと山口弁になっているので。


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