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『剣遊記Z』

第三章 悪霊の棲む館。

     (10)

 ふと孝治は、瞳を横に向けてみた。そこでは今やほとんど忘れていた存在となっている中原が、ただ呆然と突っ立っていた。ただし、千夏を大事そうに背中に隠した体勢で。

 

 孝治は憤怒混じりの声で中原に尋ねた。

 

「ちょ、ちょっとあんた! 今までなんしよったんね!」

 

 これに中原は、表情も変えずに答えてくれた。

 

「別に⛑ 黙ってろっち君が言うたとやけ、おれは黙っちょっただけばい✄ 仕事柄、女のヌードば見慣れとうのもあるとばってん、やけど、こん子が危なかったもんやけ、おれが守ったんやけどな✌」

 

 実際に千夏は、中原の体にしっかりとしがみついていた。

 

「そ、それはぁ……感謝するっちゃけどぉ……それに、た、確かに美奈子さんのオールヌードば前にして、鼻血の一滴も出とらんようやしぃ……♋」

 

 孝治は口ごもりながらで言い返した。ついでに考えてみれば、自分自身は今にも鼻血が垂れ落ちそうな心理状態。慌ててちり紙を鼻に詰め、孝治は再びわめいた。

 

「と、とにかくやねぇ! 驚くか悲鳴ば上げるくらいはしてよかっちゃけね! で、美奈子さんばどこ行ったとやぁ!」

 

「廊下ばあっちんほうに走ってったばい☞ おれ自身とこん子の身の危険ば感じたもんやけ、追うことはできんかったけどな☻」

 

「あんねぇ……♋」

 

 中原はやはり平然顔で、廊下の奥を右手で指差すだけ。融通が利かない芸術家の石頭ぶりには、もう両手を上げて降参するしかなかった。

 

「それよか早よ、館の外に出るっちゃよ! 悪霊が町に出たらドエラかことやけ!」

 

「そ、そうっちゃね……☠」

 

 孝治よりも気がしっかりしている友美から発破をかけられ、全員急いで玄関方向へと駆け出した。そんな孝治の右横では、中原から離れた千夏が、完全にベソっかきの状態でいた。

 

「ああん! 美奈子ちゃんがぁ大変さんなことになってますですうぅぅぅ!」

 

 だけども今は、彼女を慰めている場合ではなかった。とにかく千夏が走れる状況ではないので、孝治は仕方なく、彼女をおんぶ。全速力で廊下を突っ走った。

 

「すまんなぁ、ネーちゃん★ きょうばっかしは感謝するで☺」

 

 左横に並ぶ姉の千秋が、走りながらで頭を下げていた。だがそれよりも、孝治にはひとつの、大きな懸念があった。

 

「それよか美奈子さんのほんとの実力が悪霊にバレたら厄介ばい! 美奈子さん、変身魔術が得意なんやけねぇ♋」

 

「そいはほんとけー☆」

 

「そうっちゃ! 美奈子さん、ヘビによう化けようし、他にもいろいろ化けられるっちゃろうけねぇ!」

 

「そいはええ話を聞いたけんのー♥ よう教えてくれたでー★☻」

 

「ああっ♡ 美奈子ちゃんですうぅぅぅ♡」

 

 背中に背負っている千夏が、真っ先に気がついた。遅ればせながら孝治も、ようやくといったところで認識した。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 いつの間にやら、追い駆けているはずの美奈子が、孝治たちと並んで走っているのだ。


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