『剣遊記Z』 第三章 悪霊の棲む館。 (7) 「うわっち!」
孝治はもちろん、全員が周囲をキョロキョロと見回した。しかし当然ながら、声の主の姿はなかった。だが状況から考えてみても、事態は明白だった。
「つ、ついに出たけぇ! 悪霊っ!」
実際に、どこにいるかなどはわからなかった。それでも孝治は適当に虚空をにらんで叫んだ。するとロウソクの火に照らされた廊下の一角から、まるで幻のように黒い影がにじみ出た。
『悪霊ちゃー聞こえが悪いのー☠ 大魔術師取蜂{とりばち}様の降臨と言い直してほしいのー☠』
まさに悪意のこもった声音を発しながら、黒い影が人の姿を形成していった。
黒衣を着込んだ、耳と鼻の下からアゴにかけて、ビッシリと黒いヒゲに覆われた顔である中年男の姿に。そのとたん、美奈子の水晶球が、赤い光を強い調子で放ち出した。
「んなアホなぁ! 今になって反応したかて遅いどすえーーっ!」
「師匠、やっぱ値切って買{こ}うたモンはあかんなぁ☠ ちょっとばかしの改良かて無駄やったんやわぁ☢」
悪霊――取蜂は、そんな美奈子と千秋の会話を鼻で嘲笑っていた。
『ふふん☠ そんで、なんの仕掛けがあったかはよー知らんが、わしは朝から近所を散歩しよって、たった今戻ってきたばかりじゃけのー♐ そしたらしろしい(山口弁で『うるさい』)ことに、おまえらがおったんじゃからの♨ そんよりも黙って聞いちょれば、わしの屋敷を勝手にわやにうろつき回るわ、あげくは魔術で吹き飛ばそうっち言うわ♨ ぶち我慢できんようなって出てきてしもうたわ☠』
取蜂の声音はうなるような低音で、聞く者を心底から身震いさせた。
その両眼も、爛々と赤く光り輝いていた。これは霊の怒りが頂点に達していることを、如実に意味しているのだ。
「しゃ、しゃーしぃったい! こ、こん家ば……だいたいてめえのモンやなかろうもぉ! か、勝手に、と、取り憑いて好き放題やりよんのは……そ、そっちんほうやろうがぁ!」
実は怯えて、口がよく回らない状態――なのも構わず、孝治は取蜂に喰ってかかった。
悪霊が恐ろしいことに変わりはなかった。だけれどこれまでも、何回か実際に戦った経験があるのだ。それになんと言っても、今は幽霊のお友達(?)までもいる。だから一応の免疫と抵抗力はある――つもり。それでもけっきょく他力本願で、孝治は自分のうしろにいる魔術師ふたりに、大きな声で叫んだりした。
「さ、さあ、美奈子さんに友美ぃ! 浄化の魔術でこいつば片付けてやぁ!」
「承知しましたどすえ!」
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