前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記Z』

第三章 悪霊の棲む館。

     (5)

 館の中も、外部と変わらない荒れ放題の様相。壁の装飾はボロボロに剥げ落ち、家具や柱などがバラバラに壊れて散らばっていた。

 

 孝治は床に落ちていた手頃な棒を拾って、部屋中に張ってあるクモの巣を払い除けながら、美奈子が指図をするとおり、屋敷内の廊下を進んでいた。

 

「うわっち! ぺっ! ぺっ!」

 

「おしゃべりは禁物でっせ☠ 昼間でも悪霊は活動が可能でおますんやで☢」

 

 間違って口に入ったクモの糸を吐き出す孝治に、美奈子が小声で忠告してくれた。そこへまた、お邪魔虫の中原までが調子に乗っているのか、同じようなセリフをほざいてくれた。

 

「そうばい✌ 悪霊は夜も昼も関係なかけね✍」

 

 孝治はこれに、思わずの一喝で返してやった。

 

「しゃーしぃったいねぇ! あんたは黙っときや!」

 

「そうけ☻」

 

 中原はそれっきり、本当にひと言もしゃべらなくなった。

 

「……ったくぅ、なんの役にも立たんくせして、のこのこついて来るちゃけねぇ☠」

 

 今の孝治の愚痴は、涼子に聞かれていた。

 

『でも、そげん言うとやったら戦士かて、いっちゃん悪霊相手に歯が立たんのとちゃう?』

 

「…………☠」

 

 この根本的なる痛い点に、孝治は即答できなかった。涼子の言うとおり、剣や槍などによる物理的攻撃は、悪霊などのアンデッドには、まったく無力であるからだ。だからこのような場における戦士の任務は、あくまでも魔術師の身辺護衛ぐらいなものなのだ。

 

 なお、人が死んでも魂が未練を残して現世に居座る場合、その想いの仕方によって、さまざまな霊が現出すると言われていた。例えば未練があっても邪悪な意思のない者はふつうの幽霊となり、けっこう自由気ままにこの世を徘徊することができる。

 

 だが、死後の意思が邪悪に染まっているともなれば、話は別。邪悪な魂は悪霊や死霊{レイス}となって生者を憎悪し、その悪しき怨念で精気を吸い上げ、あげくには命さえも奪い取ってしまう。真に始末の悪い存在なのだ。

 

 また、霊力でいえば死霊が最強で、続いて悪霊。幽霊などはこの二者と比べたら、それこそふつうの一般ピープルと称しても、まったく差し支えがないようなものであろう。

 

 ところが世の中は良くしたもの。これら邪悪な魂は、活動に大きな制約が課せられていた。その代表とも言える制約が太陽光線の存在で、死霊はこれに当たるとたちまち消滅の憂き目となり、悪霊も滅びるまでには行かないものの、霊力が大幅に減退してしまう。

 

 つまり邪悪な力が強い霊ほど、太陽の下では無力を晒す結果となるわけ。だから幽霊である涼子が昼も夜も平気で遊び回れる理由は、現世になんの恨みもなく、純粋に未練だけで、この世に愛着を抱いているからなのだ。

 

「……わ、わかっちょうばい☁ それよか悪霊がどこにおるか、まだ反応が出らんとね?」

 

 涼子には答えになっていない答えを返しておいて、孝治は美奈子に向き直し、現在の状況を尋ねてみた。

 

「お待ちになってや♐ 反応はまだでおますさかい☞」

 

 美奈子の右手には、人の拳{こぶし}大である小型水晶球が握られていた。これは美奈子の説明によると、この水晶球が赤く発光すれば、それが邪悪な霊が近づいたサインだという。

 

 実際、この世を徘徊している霊の数は、けっこう多いものらしい。だからいちいち、霊の接近のたびに反応を示していたらとてもやっていけないので、悪霊だけを選り分けられるように、美奈子が水晶球を改良しているとのこと。

 

 従って、悪霊ではないと自覚している涼子が近くにいても(定義が不明であるが?)、水晶球はまったく反応しないわけ。

 

 これはこれで、おかしいような不思議な話であるけれど。

 

「千夏、ここにもロウソクを立てておくれやす☟」

 

「はいですうぅぅぅ♡」

 

 師匠からの指示を受け、千夏が廊下の隅にロウソクを置いて火を灯す。

 

 これには当たり外れがあるらしいが、悪霊には時々、極端に火を嫌う者がいると言う。

 

 今回の悪霊が火に弱いと言う話は聞かないが、これは当たればメッケものの戦法。だから孝治たちの通ったあとには、廊下に点々とロウソクの火が灯されていた。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system