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『剣遊記Z』

第三章 悪霊の棲む館。

     (12)

 ところが地面に激突する――かと思われた、その寸前だった。孝治の体は、空中でふわりと停止した。

 

「うわっち?」

 

 さらにそのまま、ゆっくりと軟着陸。孝治の体は、かすり傷ひとつ負わなかった。

 

「ど、どげんなっとうと?」

 

 地面に尻餅をついた格好で不思議がる孝治の耳に、聞き慣れた涼子の小声が入ってきた。

 

『もう! 無茶ばっかするっちゃけぇ! あたしがポルターガイスト{騒霊現象}ばやらんかったら、今ごろ全身打撲で御陀仏やったんやけね! そこんとこ、わかっとうと!』

 

「面目なか……☂」

 

 彼女にしては珍しくも激しい剣幕となっている涼子を前にして、孝治も我ながら珍しい思いで、頭を下げるしかなかった。そこへ二階の窓から、今度は友美が舞い降りてきた。

 

「孝治、大丈夫け! あら、涼子も先に降りとったんやねぇ☞」

 

 友美の場合、得意の空中浮遊魔術が使えるので、こちらはなんの問題もなし。それよりも友美は孝治を気づかう前に、逃げた美奈子のほうを気に懸けていた。

 

「そうっちゃ! 悪霊に取り憑かれた美奈子さんはどげんなっとうと! 涼子が追い駆けとったんやなかっちゃね?」

 

 涼子もすぐ、友美に答えた。

 

『それが……途中で見失のうてしもうて、それで庭に戻ってみたら、窓から孝治が落ちようやない♋ あたしんほうがビックリしちゃったばい☢』

 

「幽霊からまんまと逃げられるっちゅうところが、やっぱ悪霊っちゃねぇ☠ とにかく早く捕まえんと、あのまんまじゃ美奈子さんが可哀想なことになるし、萩の町が大変ばい☢」

 

 孝治は尻餅の姿勢から立ち上がり、再度悪霊に憑依されている美奈子を捜そうと駆け出した。

 

 そこへいきなりの声。こんなパターンばかりであるが。

 

「君たちはいったい、誰と話しとうとね?」

 

「うわっち!」

 

 これまたいつの間に二階から下りてきたのか。背中に千夏を背負った中原が、すぐそばにいた。

 

「ほんまやで☜ それっていっつも、千秋も不思議に思うとるんやで♐」

 

 中原の右横には千秋もいた。

 

「そ、それはやねぇ……☁」

 

 涼子の存在をバラすわけにはいかないので、孝治は話題をそらす策にでた。

 

「そ、それよか、あんたら三人、どっから下りたっちゃね?」

 

「それなら簡単やで✌」

 

 すぐに疑問を忘れたようで、千秋が率先して答えてくれた。

 

「廊下をちょいと行った先に階段があっただけやねんな✌」

 

「なんね、そげんやったと☺」

 

 孝治はなんだか、自分が馬鹿みたいに思えてきた。そんな孝治には構わず、今度は友美が中ぐらいの声で叫んだ。

 

「な、中原さんに千秋ちゃん! そげな場合やなかっちゃですよ! 早よ美奈子さん……いえ、悪霊ば早よ追い駆けんと!」

 

「そ、そうたい! 萩の町が襲われるかもしれんとばい!」

 

 孝治も気を取り直し、友美といっしょにわめき立てた。しかしこの期に及んでも、やはり中原は泰然自若。それもまったくいつもどおりの素振りで、西側の塀を右手で指差すだけの態度でいた。

 

「美奈子さん……ああ、彼女なら、あそこにおるばい☛」

 

「ああっ! 美奈子ちゃんですうぅぅぅ♡」

 

 中原におんぶされている千夏も声を上げた。

 

「へっ?」

 

 孝治はふたりが指差す方向に顔を向けた。そこで恒例の絶叫。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 見れば全裸の美奈子が、今にも塀を乗り越え、館の外に逃れようとしているところだったのだ。


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