『剣遊記Z』 第四章 悪霊大決戦! (1) いったいどのような飛び降り方をしたのかは、まるで謎。しかし同じ二階から飛んでいながら、美奈子はまったく無傷の体だった。
その白い肌にかすり傷ひとつ負わない状態は、僥倖と称しても差し支えないであろう。だがこれも、悪霊が成せる、怪現象の現われのひとつに違いない。
「むぁてーーっ!」
孝治は慌てて、そんな美奈子を追い駆けた。友美と涼子、千秋もいっしょだった。美奈子は追っ手たちに気づくなり、塀の上で仁王立ち――それも靴だけを履いた全裸の格好――で向き直ると、両手の手の平を孝治たちに向ける体勢を取った。
「はあーーっ!」
彼女が得意としている攻撃魔術――火炎弾を発射!
「うわっち!」
庭の枯れ草に、ボワァァンッと火柱が立ち昇った。
続いて三連発!
「はあっ! はあっ! はあっ!」
「うわっち! うわっち! うわっち!」
ボアァァンッ! ボゴォンッ! ブワァァンッーーと、立て続けに火炎弾を連射する勇姿は、まさに天才魔術師の面目躍如といったところか。
もちろん今は、美奈子に拍手👏を送る者などいなかった。むしろ美奈子に取り憑いている取蜂のほうが、彼女の魔力に惚れ惚れとしている感じでいた。
「さすがじゃあ☆ ぶちひさしぶりに肉体を乗っ取って魔術を使ったんじゃが、わや気持ちがええけんのー☀ 霊体になってからは、ちんけなポルターガイストかびったれな吸精しかできんかったけえ☠」
「あんの野郎ぉ……危なかこつほざきようばい☢」
「ほんなこつやねぇ☢」
火炎弾を避け、孝治と友美はちょうどそこにあった庭石の陰に身を隠していた。その一方で、別の庭石に隠れている中原も、平静さをやや失っている口ぶりで応じてくれた。
「あ、あの火炎弾は、たぶん取蜂が以前から会得していた魔術に、美奈子とやらの力が加わっちょるみたいばいねぇ☠」
泰然自若を貫いていた芸術家であったが、さすがに火炎弾の連続攻撃には、度肝を抜かれた様子でいた。いつも頭にかぶっている紫のベレー帽が足元に落ちているのに、それを拾う余裕もないようなので。
「これで美奈子さんの変身魔術まで入っちゃうと、いったいどげんなるとやろっか?」
友美が震えながらで、言葉をつむぎ出した。しかし孝治は、頭を横に振った。
「もう遅か……みたいっちゃね☠」
「えっ?」
顔を上げて塀の上を見ている孝治に合わせ、友美も美奈子に瞳を向けた。そこでは炎上している草木を眼下において、取蜂が高らかに宣言をしている最中だった。
「うわっはっはっはっはっはっはっはっ! そいでは気が早いかもしれんじゃろうが、この女の変身魔術! 早速試させてもらうけんのー!」
「うわっち! もう駄目ばい!」
美奈子がドラゴンになってしまえば、それこそ孝治の手には負えない。
一撃で踏み潰されて一巻の終わり。
たとえ命からがらこの場から逃げ延びたところで、帰ったときには未来亭からの解雇通告が、非情にも待ち受けている結果となるだろう。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |