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『剣遊記Z』

第三章 悪霊{ファントム}の棲む館{やかた}。

     (1)

 孝治たち一行が到着した目的の地は、山口県北部の古都――萩{はぎ}市

 

 今回、未来亭が請け負った仕事は、この旧城下町萩市の郊外にある、今は誰も住んでいない没落貴族の廃屋敷に取り憑いた悪霊の除霊である。

 

 依頼人は萩市の市長であり、孝治たちと徹哉の初対面中に未来亭を訪れた客人が、市長の代理人であったのだ。

 

 なお代理人の話によれば、現場は長年に渡って管理者不在で放置されていた館で、いつの間にかそこに性質{たち}の悪い悪霊が棲みつき、近隣の町や村に大きな害をおよぼすようになったとか。

 

「なるほどやねぇ〜〜、こりゃ碌でもなか霊が棲んでもおかしくなかっちゃねぇ☠」

 

 現場に到着早々、城門の外から館を見上げた孝治は、思わず自然につぶやいた。

 

それほどまでに、館は見事に荒れ果てていた。

 

 外見はどこにでもありそうな、石造りのお城であった。しかし壁面はどこもかしこもひび割れが走り、緑の蔦{つた}が、その表面を覆い隠していた。おまけにボロボロとなりきっている塀の内側は、どこを見ても足の踏み場さえおぼつかない有様。雑草がぼうぼうと茂っていた。さらに窓ガラスは全部割れ落ち、庭にあったであろう中央辺りの池も、今では水が完全に干上がっている。

 

「昔誰が住んじょったかは知らんちゃけど、こげんなる前にさっさと取り壊しときゃ良かったんばい☠ そげんすりゃ悪霊かて入り込まんかったろうにやねぇ☻」

 

「まあ、そげんカリカリせんでもよか☺」

 

 いつまでも愚痴り続ける孝治に、中原がいかにもお気楽そうな調子。うしろから他人事のように話しかけてきた。

 

「こげな役人の先送り主義があるとやけ、君たちに仕事が舞い込んでくるとやろ♪ 偉か人の尻ぬぐいば下々のモンがやるっちゅうのは、いつの世もおんなじなんやけ♠」

 

「簡単に言いようっちゃけど、こっちは命懸けっちゃね♨」

 

 完全なる傍観者気分でいるとしか思えない中原の言い分に、孝治は胸に隠していたつもりのイラ立ちを、もろあらわにしてぶち撒けてやった。

 

 現在、館の門前に並ぶ面々は、悪霊祓いのスペシャリストらしい美奈子を筆頭にして、弟子である千秋と千夏。護衛役の孝治と友美に、内緒だけどおまけの涼子。それと今回は研修生とでも呼ぶべき徹哉と、とうとう現場までついて来てしまった中原の八人。

 

なお、八人と数えている者は、孝治と友美のふたりだけ。他の者たちは七人と認識しているだろう。涼子はあくまでも、孝治と友美だけが知っている、秘密の存在であるのだから。

 

 それと今回、いつも美奈子たちのお伴で荷物運びを請け負う役である角付きロバのトラは、未来亭で休ませていた。なんでも世話を行なっている千秋、千夏姉妹の話によれば、ここしばらく長旅での疲れが出ているらしいとのこと。

 

「ロバもきちんといたわってやるなんち、よっぽど家族も同然なんばいねぇ☺」

 

 美奈子たちの慈愛に満ちた動物愛護精神(?)に、孝治は大きな感銘を受けていた。のちに例外の存在も知る、話の成り行きにもなるのだが。


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