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『剣遊記Z』

第四章 悪霊大決戦!

     (3)

 まさしく涼子が、ズバリと指摘をしたとおり。

 

 今ごろになって、そのような大事で肝心な必要事項に気がつくとは。これでは自称大魔術師の看板に偽りあり――というか詐称疑惑あり。もしかすると、悪霊の風上にも置けないのかもしれない。

 

 それでも変身を実行したければ、いったん美奈子の体から離れ、その本人から直々に術を習わなければならない。しかしそんな無駄で馬鹿げた行為など、今さらこの場で出来ようはずがない。

 

「えーーい! もうええわぁーーっ! わしが身に付けとうよーけある攻撃魔術を使って、最初言ったとおり萩の町を廃墟にしてやるんじゃあーーっ!」

 

 ついにヤケとなったか、取蜂が大声で叫びまくった。しかしこれでは、まさに見苦しい悪あがきそのもの。火炎弾などの攻撃魔術は確かに侮れないが、とにかく相手が変身しないで人間のままでいてくれさえすれば、孝治でもなんとか対処ができるだろう。残った問題は、取り憑かれている美奈子が、相変わらず真っ裸の姿でいる状態だけ。だがこればかりは、『慣れ』の気分に頼るしかない。ついでに、ちり紙の用意も。

 

「よっしゃ! とにかくあいつばこっから逃がしたらいかんばい!」

 

 孝治は改めて剣を抜き直し、さらにちり紙を鼻に詰め、石の陰から躍り出た。ところがそれよりも早く、千夏が先に、別の石陰から飛び出した。

 

「美奈子ちゃぁぁぁぁん!」

 

「うわっち!」

 

 孝治はこの事態に仰天した。しかも千夏といっしょにいるはずの中原は、なぜか単独行動を黙認している様子。それどころか姉の千秋でさえ、驚く素振りを微塵も見せていなかった。

 

「あんたら! 千夏ちゃんになんさせる気ねぇ!」

 

「うるさいでっ!」

 

「うわっち!」

 

 思わず怒鳴りかけた孝治を、千秋が右手の人差し指を口の前で立て、見事に鎮めさせてくれた。

 

「ネーちゃんは黙って見とけばええんや☛」

 

「うわっち?」

 

 これにて訳がわからなくなった孝治の見ている前で、今度は中原が持参していた画材道具を取り出した。どうやらこの場で、なにやら絵を描き始めるようだ。さらによく見れば、頭にもしっかりと、ベレー帽をかぶり直していた。

 

「?」

 

 ますます孝治は、瞳が点の思い。この間に千夏は、美奈子の足元まで駆けつけていた。おまけに右手に持っている物を、師匠の前に差し出した。

 

「美奈子ちゃぁぁぁん! これ見てくだしゃいですうぅぅぅ!」

 

 それこそ美奈子にまっすぐ見せつけるかのように。

 

「あっ……あれって……☞」

 

 孝治も見た覚えのあるそれは、中原が所持をしていたはずの物。

 

「あれって……あんたが持っとう金のブレスレットやないけぇ!」

 

「そうたい☺ 約束どおり、彼女に譲ることにしたとやけ✌」

 

 平然と孝治の問いに答えてから、中原は一心不乱に作画を開始した。

 

 緊急のためか、筆ではなく鉛筆で描いているけれど。

 

 しかし孝治はこの様子を見て、もはや中原の人間性そのものが、てんでわからなくなってきた。

 

「ようこげなときに、のんびり絵ば描けるっちゃねぇ……☹」

 

「まあ、ネーちゃんもさっき言うたとおり、黙って見ときや✌」

 

 千秋だけは、なにかを知っている様子でいた。


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