『剣遊記Z』 第四章 悪霊大決戦! (10) 人間も悪霊も、お互いに進退窮まっていた。
そんな現場に、なんの脈絡も前触れもなし。美奈子が破壊した塀の陰から、徹哉がひょっこりと顔を出す。
「アレ? 皆サン、壁ナンカ壊シテ、マルデ戦争シテルミタイナンダナ。イッタイナニガ始マルノカナ?」
相も変わらずの、とぼけた無表情顔。つまりがポーカーフェイスのまんまで。
「うわっち! おまえはここに来るんやなかっち言うたろうもぉ!」
「ハイ、言ワレマシタンダナ。ダカラボクハココニ来ナイデ、アッチウロウロコッチウロウロシテタンダナ。デモ、大キナ音ガシタカラ、コレハホットケナインダナ。ボクハコレモ調ベタインダナ」
ところが孝治に怒鳴られてもポカンとした顔である徹哉の登場は、取蜂にも不可思議な印象を与えたらしかった。
『なんじゃ? まだしろしい(山口弁で『うるさい』)のがおったんけ?』
だが次の瞬間、悪霊の目付きが変わった。
『なんと無防備なやつじゃのう☠ これなら今のわしでも憑依できるけんのー♡』
これは絶好の獲物が来たとばかり、美奈子のときと同じようにして――また恐らく、最後の力を振り絞っているのだろう。取蜂が徹哉目がけて、精いっぱい――としか思えないような、ゆるい速度で突入を敢行した。
『こーなったらもう、誰でもええけんのー! 人の体さえ手に入りゃー、再び攻撃魔術をぶち使えるけんのーーっ!』
興奮のあまりか。憑依の目的を明け透けに叫びまくりながらで。
「うわっち! まずかぁ!」
これに呼応するつもりはまったくないけれど、孝治も大声で叫んだ。これで取蜂が徹哉の体を乗っ取れば、またもや立場が逆転の事態となる。こちらにも美奈子と友美のふたりの魔術師がいるとはいえ、徹哉が事実上の人質扱いされるわけでもあるのだから。
「や、やめんねぇーーっ!」
霊を追っても、どうしようもないことはわかっていた。だがここは、やはり追わないわけにはいかなかった。
もちろん間に合うはずもなし。取蜂が徹哉の真正面――腹へと一気に飛び込んだ。
そのまま背中から突き抜けた。
「うわっち?」
孝治は思わず、声を裏返させた。
また突き抜けた取蜂も、同じように目を点にしていた。
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