『剣遊記W』 第五章 嗚呼、女戦士哀史。 (9) あれから早や一週間。四国の南部、高知県の県都高知市では、近ごろとある酒場――『南海亭』に勤める新人給仕係が、巷での話題となっていた。
きょうもきょうとて、元気満開。
「いらっしゃあーーい♡」
「いよおっ♡ お姉ちゃん、今夜も可愛いのぉ♡」
「やっだあーーっ♡ おじ様ったらぁ〜〜♡」
てな調子。ところがたまには、ドッキリとさせてくれる場面もあり。
『それって、とってもよう似合うとうっちゃよ♥』
「しゃあしぃーったい♨」
明るい笑顔で接客業をこなしていた給仕係の、突然なヤロー言葉。これに店内の酔客たちが一斉に、仰天の目を向けた。
すぐに酒場の責任者である監督官が、血相を変えた顔して飛んでくる。それから彼女の右手をつかんで無理矢理厨房まで引っ張り、語調を荒めに、激しく叱責。
「駄目でしょうが! おまさんはこの店の看板娘なんですから、そんな野蛮な言葉づかいだと、ざんじ人気が落ちちゃうでしょうが!」
店の監督官というよりも、なんだか海賊スタイルをボロにしたような服装である、この小男。給仕係に真正面から顔を寄せ、ツバの嵐を撒き散らす。
「…………♨」
初めは黙って、右の耳から左の耳へ。くだらない説教を受け流していた給仕係は、早くもウンザリの気持ちとなった。
「……おれは別に落ちたって、いっちょん構わんとやけどねぇ♣☠」
当然監督官の血圧が、これにて限界以上にヒートアップ。
「だーかーらーっ! それが駄目だって言ってんぜよぉ! 君がもし男やったら、ほんまぶっ飛ばしてやりたいきに、ほんま♨」
けっきょくまくし立てるだけまくし立て、最近の若い娘はすなおじゃないわよにゃあ――とぶつくさつぶやきながら、監督官は厨房をあとにして事務所へ戻っていった。
新人給仕係はそいつの背中に、『あかんべー👅』をしてやった。ついでに蹴りを入れる真似も忘れなかった。
監督官に怒られた新人給仕係――孝治は、土佐弁だが少し(?)カマッ気のあるその野郎に、ある種の嫌悪を感じていた。
ついでに時々、背中に氷河が流れるような薄ら寒さも。
「ぶっ飛ばすっちゅうんやったら、遠慮せんでやれっちゅうんだよなぁ☠ おれは男なんやけぇ♀」
『それが駄目っち言われとんでしょ☢』
今の声は新人給仕係――孝治にしか聞こえない設定となっていた。もちろん声の主の正体を、孝治は知っていた。
「さっきからほんなこつしゃあしかねぇ☠ 涼子はおれが好きで、こげなことしとうように見えるとね?」
『うん、見えるっちゃけど✌』
声の主――幽霊の涼子は、しゃべり方にも遠慮はなし。その涼子が、ズバリと言ってくれた。
『好きやなかったら、誰もそげな格好せんとちゃう?』
「うわっち!」
胸に突き刺さるご指摘を受けたついで。目の前の壁に備え付けてある大型の合わせ鏡で、孝治は現在の自分の姿を、改めて眺め見た。
体形に密着したスクール水着のような黒い薄衣装で全身を包み、おまけに両足の脚線を露出させたレオタード姿。
背中はむき出しで、お尻には白い綿の玉。極めつけは頭に伸びている、二本の長い、ウサギの耳型をした装飾品。
早い話が、俗にいうところの『バニーガール』である。
『それってほんなこつ、よう似合うとうばい♥ むしろあたしが着てみたいぐらいっちゃねぇ、孝治♡』
「ここで名前ば言うなぁーーっ♨」
どこまでもからかい調子である涼子に、バニーガール姿の孝治は、再びヤロー言葉で叫んでやった。
同じ給仕係でありながら、未来亭の女の子たちのメイド型制服とは、まさに雲泥の違い。彼女たちの給仕服とエプロンの組み合わせに比べて(それがかえって色っぽいとの意見もあるが)、なんと世の男性族のスケベ心を刺激する姿であろうか。
「……ったく、由香たちには絶対見せられんばい☠ こん格好……友美にもきつう口止めしとかないけんっちゃねぇ……☁」
孝治は情けない思いでつぶやいた。そもそも孝治はなぜ、よりにもよってバニーガールの格好でもって、高知市の酒場で給仕係を勤めているのだろうか。もう説明の必要もないとは思われるが、その理由は――ぶっちゃげて言えば、荒生田が騙されたからである。
すでに御承知であろうが。酔っぱらった荒生田が例の五人組にたぶらかされ、インチキの契約書にサインをした結果――せっかく生け捕りに成功したワイバーンは、没収の憂き目。ついでにサインの署名者とその関係者全員。強制的労働を強いられる破目となったわけ。
一行の中の紅一点(しつこいけど本人は否定。おっと友美と涼子もいるから三点だった)――孝治も、このような馬鹿げた理由で、生まれて初めてバニーガールの扮装をさせられたわけである。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |