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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (5)

 ここで少々、時間を遡る。

 

 沖台との交代のため、孝治と友美は宴の席を外した。そのすぐあとの出来事だったという。

 

「おまんらー、とうとうほんまにワイバーンを生け捕りにしたっちゅうんじゃのう☆」

 

「ゆおーーっし! そうったい♡

 

 ただ今上機嫌中である荒生田にお褒めの声をかけた者は、先日派手にケンカをしたはずの、戦士三人組だった。

 

しかもきょうは、新参の顔がふたり増えていた。

 

ひとりはメガネをかけた中年男。もうひとりはなよなよとした、細身の体形をしていた。

 

「あっ! こん人たち……☛」

 

 裕志は自分をぶん殴ってくれた男の顔を覚えていた。そのため緊張で、身も心も自然と固くなった。

 

「なんや♐ この前の仕返しに来たんかいな☠」

 

 無論沢見も忘れていなかった。そこはさすがに商売人である。

 

「ケガの治療費やったら、こっちが請求したいくらいやで☠ 表沙汰にせんだけ、ありがたい思うてほしいわ✄」

 

 沢見は職業柄、交渉相手に一歩も引かない眼力で、五人の闖入者をにらみつけた。ところが対照的に荒生田は、一番無防備そうな体たらくでいた。

 

「ゆおーーっし! オレたちがぁそんとおりぃ、ワイバーンばとっ捕まえた英雄どえ〜〜っす☆☆☆」

 

 すでに悪酒で頭がイカれ、完全なるヘベレケの状態。五人はこれなら、扱いやすいと見たようだ。荒生田ひとりを取り囲み、勝手に話を進めだした。

 

「この前は悪かったにゃあ✁ なにしろあの凶暴なワイバーンをほんまに捕まえるなんち、俺たちゃ夢にも信じられんかったきにぃ✍」

 

 男のひとりが、見え透いたお世辞を連発。もちろん悪酔い状態でいる荒生田が、この手の誉め言葉に、調子付かないわけがない。

 

「ゆおーーっし! ぬぁ〜に、気にせんでよかばい☀ たまたまオレたちがぁ、おめえらの予想以上に強くてぇ勇敢やっただけやけねぇ☀☀」

 

 ほとんど天狗と化している先輩は、この際ほっとく。それよりも裕志は、お世辞を言っている男の両手が、小刻みに震えている様子に気がついた。

 

(ありゃ☝ あん人、心ん中で腹かいとうっちゃね☹)

 

 やはり頭のどこかに、ワイバーン狩りを先に成功されて、自分たちの面目を潰された恨みでもあるのだろうか。

 

 そうだとしたら、それは明確な『逆恨み』でもあるが。

 

「……そ、そんとおりぜよ!」

 

 胸に込み上げるくやしさと屈辱感を、無理にでも抑えているのだろう。それでも自分の本心を、無理に隠しているようだ。お世辞男の舌先三寸が続いた。

 

「そ、それで、きょうはこん前の謝罪とワイバーン生け捕り成功のお祝いを兼ねて、俺らにおごらせてくれんかのぉ✋お代は俺らで持つけんのぉ♥♨」

 

「あんたらもろに怪しいで☠」

 

 警戒心をはっきりと態度に表わす沢見であった。だが問題の荒生田は、もはや有頂天の極みにいた。

 

「ゆおーーっし! せっかくの御好意やけ、今夜は思いっきり飲み明かすばぁーーい☆☀」

 

 疑問など微塵も感じさせず。男たちから特上の酒をチャンポンで御馳走され、さらにどんぶりに注がれたその酒を、次から次へと空にしていった。

 

 裕志がふだんから恐れている荒生田の酒豪ぶりが、ここで大いに発揮されたわけ。

 

「さあさあ、あんたらも飲むぜよ♥」

 

「ふん☠」

 

「は、はい……どうも☁」

 

 不快感を露骨に顔から出しながら、勧められたお酒に、沢見と裕志も口を付けた。


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