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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (4)

 そこへまるで、頃合いを見計らっていたかのようだった。涼子が大急ぎの様相で飛んできた。

 

『孝治ぃーーっ! 大変、大変ばぁーーい!』

 

 涼子が酒場に残っていた様子は、孝治も知っていた。

 

 なにしろ興味しんしんのくせして、ワイバーンの見張りについてこなかったから。

 

 しかし幽霊が慌てるという様は、見ていてなんだか、非常に珍しい感じがした。その様子がなんだか、逆に笑わせてくれるような気もしていた。

 

「どげんしたとや? 今んなってドタバタしてからにぃ♐」

 

 孝治はプッと噴き出したい気持ちを我慢して、涼子に慌てている理由を尋ねてみた。

 

「なんかあったと?」

 

 友美も涼子に訊いていた。こちらは孝治と違って、多少真面目な感じがした。だけど涼子の話は、最初はなかなか要領を得ないモノだった。

 

『それが大変なことになったとよぉ! 大変も大変、大大変っちゃねぇ!』

 

 孝治はだんだんと、噴き出したい気持ちから、腹が立つ気分に変わってきた。それと同時に、どうせ荒生田先輩が、また変なことば始めたっちゃろ――との思いも生じてきた。

 

「とにかく大変なんやから飛んできたっちゃろ! もうたいがいのことには驚かんけ、早よ言ってや!」

 

 これに今度は、涼子のほうが立腹する番となった。

 

『もう♨ それじゃどげな緊急事態ば持ってきたって、言う気なくしちゃうばい♨ こっちは息まで切らして来たっちゅうとに♨ 少しは驚いてくれんね☠』

 

 幽霊が息ば切らすんかい――は、この際不問。それよりも孝治は、立腹してほっぺたをふくらませ、ぷいっと背中を向けた涼子の態度を見て、ほとほと困った気持ちになった。

 

そこへ友美から、注意のひと言。

 

「駄目ばい、孝治☢ いつもよけいなことば言って人を不愉快にさせるんは、悪い癖なんやけね♐」

 

「わかったわかったけ♪」

 

 友美にまで言われてしまえば、もはや孝治に怒る気力はなし。改めて涼子に言ってやった。

 

「っちゅうことで、これからちゃんと驚いて飛び上がるけ✌ それが終わったら、早くなんがあったか言うてや✍」

 

『うん☆』

 

 涼子も一応承諾してくれたので、孝治は慌てる真似――少しだけのジャンプと、「うわっちぃーー……」と棒読みで驚いたポーズ(なんとなくシェーに似ている)を取った。なんと言っても、ここで涼子が本当に旋毛{つむじ}を曲げたら、それこそあとの対処のしようがないからだ。

 

しかし涼子の目線は、むしろ冷たい感じになっていた。

 

『それってほんなこつ、驚いとうと?』

 

 だけど孝治も、これ以上涼子の言い草に付き合えなかった。

 

「くどかっちゃ♨ 早よ言うちゃりや!」

 

 孝治は本気で怒りかけた。これでようやく渋々ではあるが、涼子が本筋を話してくれた。

 

『わかったけ♠ 簡潔に言うっちゃね♣ 実はこのワイバーンが、没収されることになったとよ★』

 

 冗談抜きで、孝治は本当に身長の二倍近くまで飛び上がった。


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