『剣遊記W』 第五章 嗚呼、女戦士哀史。 (3) 「ほな、あとはあんじょうよろしゅう頼んまっせ☀」
「ああ、酒ば飲んで、ゆっくりあったまるっちゃよ✌」
沖台が店に行ってしまえば、ワイバーンの見張りに立つ者は、孝治と友美のふたりだけ。
昼間は生け捕りにされたワイバーンが珍しくて、近隣の町や村から、大勢の見物人が集まっていた。だがさすがに夜ともなれば、今や人っ子ひとり、周囲に見当たらなかった。だから今は焚き火をはさんで、孝治と友美は向かい合う格好になっていた。
「なんだか可哀想っちゃねぇ☁ こげんきつう縛られてから……☁」
友美が憐れみを込めてつぶやくほどに、ワイバーンは現在、悲惨そのものの境遇にあった。それは翼も胴体も両手足もしっぽも、すべて厳重に鉄の鎖でくくられ、大型の荷車に載せられているからだ。
いくら怪力が自慢のワイバーンであっても、これほどの戒めを受けているのである。これでは翼を羽ばたかせるどころか、頭を持ち上げることですら、絶対にままならないだろう。
特に危険な口の所は、何重にも鎖でグルグル巻きの状態。火炎放射ができないようにしてあった。おまけににらまれたら怖いとの理由で、几帳面にも目隠しまでされていた(目の部分に貼り紙)。
それでも唯一、鼻の穴だけは開放され、呼吸には差し支えのないようにされていた。しかしこれとて、死なせては元も子もないという、商売上の事情でしかないのだ。
「しょーがなかっちゃよ☁ ワイバーンば入れられる檻{おり}なんち、どこば探したって無いとやけ☢」
夜間の寒さしのぎで焚き火に枯れ枝を放り込みながら、孝治は静かな口調で友美に応えた。
孝治の言葉どおり、檻が存在しない実情なのだ。だからワイバーンを荷車にくくり付けておくしか、他に方法がなかった。しかもこの荷車も、沢見が素早く村で調達した物。大阪商人の用意周到ぶりに、孝治はほとほと頭の下がる思いがしていた。
「それで……このワイバーン……最後は殺されちゃうんよねぇ……☁」
「う……ん……☁」
友美のつぶやきは、あまりにもわかりきっている結末。孝治はこれに、なんの返事も戻せなかった。だけど友美の次のセリフで、孝治はおおいに慌てた。
「ねえ☆ このワイバーン、わたしたちで逃がしちゃいましょうよ☀」
「うわっち! ば、馬鹿言うんじゃなか!」
孝治は頭を思いっきり、百八十度の角度(?)で振りまくった。
確かにずっと長いパートナーである友美の気持ちは、孝治にも痛いほどによくわかるものだった。だが、もしもその言葉を実行したら、荒生田先輩が烈火どころか、超新星大爆発級のごとく怒り狂う事態は間違いなし。
なんだかんだと言っても、孝治は先輩が怒った状態を、史上最大級に恐れているのだ。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |