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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (2)

「孝治、交代の時間ばい☞」

 

「うわっち! いっけね✄」

 

 友美に言われ、孝治はワイバーンの見張りの順番を思い出した。これは飲み会の前に、みんなでじゃんけんをして決めた約束事なのだ。

 

「それじゃ先輩、おれ、交代に行ってきますけ✈」

 

 孝治は椅子から立ち上がり、全員に向けて一礼。そこをなぜか、荒生田が引き止めた。

 

「ちょい待ち☛」

 

「なんすか?」

 

 孝治はなんだか、怪しい気分になった。過去、こんなときの荒生田は、大抵碌{ろく}なセリフを言わないからだ。例えば店員ば呼んでこいだとか。近所の駄菓子屋キャンディーば買ってこいとか。要するに、子供の使いっぱしり。

 

 そんな気持ちである孝治に、荒生田が言ってくれた。

 

「せっかくの酒ん席に、職場の華であるおまえがおらんとつまらんけ☠ やけん交代やったら、裕志が行け☜」

 

 予想と少し違うが、だいたいにおいての案の定。それよりも、いきなり指名を受けた裕志は大いに慌てて、頭を横にブルンブルンと振っていた。

 

「ええっ! ぼ、ぼくがですか!」

 

 これでは、どこからどう見てもの及び腰。孝治はそんな裕志の心情を、すぐに察知した。

 

「いいっちゃよ♠ おれが行ってくるけ✈ 裕志はワイバーンが怖いんやろ✍」

 

「…………☁」

 

 孝治としては気をつかってやったつもり。だけど逆に、裕志に恥をかかせる結果となったようだ。その証拠に裕志の顔が、みるみる赤くなっていった。

 

(あっちゃ〜〜! これはまずかったっちゃねぇ☠)

 

 孝治は内心で、自分の無神経さを後悔した。そこへすぐ様子に気づいたらしい友美が、孝治の左耳にそっとささやいた。友美の言いたい忠告は、孝治にもすぐにわかった。

 

「駄目ばい☁ あげな言い方やったら、裕志くんの面子丸潰れになるっちゃよ☂」

 

「そ、そげんなるっちゃねぇ……じゃ、じゃあ、おれ行ってきますけ!」

 

「あっ、わたしも✈」

 

 これにて少々気まずくなった空気を感じた孝治。逃げるような気持ちで、友美といっしょにテーブルからさっさと離れた。このため、孝治と友美の行ったすぐあとから、数人の男たちが荒生田の席に寄ってきた話を、のちに聞かされるまで知らなかったりする。

 

 ちなみにのちほど、孝治に数人の男たちの件を教えた者は、涼子である。このとき孝治と友美について行こうとしていた涼子は、その男たちの素振りが、どうにも怪しいものに感じられたという。

 

『あら? なんのつもりやろっか、あん人たち……✸』

 

 すぐに気になって、涼子はけっきょく、そのまま店内に残るようにした。

 

『なんかあったら、即孝治に報告……言い訳はこげな感じでよかっちゃね☝』

 

 もちろんこの行動は、自分の姿を孝治と友美以外には見せないからこそ、可能な振る舞いである。

 

 涼子はこのような自分の特技(?)を、とことんまで活用する主義だと、以前孝治と友美に豪語していた。


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