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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (1)

「乾ぱぁーーい🍻!」

 

 冒険(今回は狩り)の成功を祝したお酒は本当に美味しいものだと、孝治は改めて実感した。

 

 たとえその酒がつい先日、とても不味いと感じたばかりの濁酒であるとしても。

 

 孝治たち一行は、狩りの前日に乱闘をやらかした同じ酒屋で、懲りもせずに再び酒宴を行なっていた。参加者は孝治と友美、荒生田と裕志、沢見の五人。内緒で参加をしている涼子も含めれば、総勢六人といったところ。

 

 なお、沢見の弟分である沖台は、村の外れに置いてある、ワイバーンの見張りに立っていた。アンドロスコーピオンなので、『立つ』の表現が適切であるかどうかは、この際問わないことにする。

 

 ちなみに涼子の参加を知っている者は、孝治と友美だけ――もう省略しよう。

 

「いやあーーっ♡ きょうの酒は特別に美味たいねぇ♡」

 

 狩りの成功が、よほどうれしいのだろう。荒生田が同じセリフを、すでに三回も繰り返していた。

 

「これも、みんなの協力があっての賜物ってもんたいねぇ♡ とにかくありがとう☀」

 

「先輩、思いっきり勘違いしとうっちゃね☠」

 

 自分自身は肝心なとき、いっちょもおらんかったくせに――と、孝治は言いたかった。だけど、そんな些細(?)な陰口など、入る耳はまったくなし。現在の荒生田は、勝利の美酒の虜{とりこ}になりきっていた。

 

「まあまあ、これでワイバーン狩りに失敗しとったら、先輩、またぼくたちに八つ当たりばしよったろうけ、ぼくはこれでよかっち思うばい♥」

 

 裕志も荒生田に聞こえないよう、そっと孝治の右耳にささやいた。

 

「ところで、ワイバーンを北九州まで持って帰ったあとのことなんやけどなぁ✈」

 

 宴もたけなわに入ったところで、沢見が荒生田の横に座り直し、酒のお酌をしながらで話しかけてきた。

 

「あとのことっち?」

 

 口調から察するところ、荒生田の頭は、アルコールがかなり浸透している感じ。そんな状態に構わず、沢見が話を続けた。

 

「そうや☆ ワイバーンの極上肉をお店に売るときの交渉ごとは、わいらに任せてくれへんやろっか✌ 言うたら悪いんやけど、あんさんら金勘定の駆け引き、あんまし上手やあらへんやろ☞ ここはばっちり、わいらがうまく話をまとめるさかい、あんじょう任せときや✌」

 

「う〜ん、そうやねぇ〜〜✐✑」

 

 どうやら舌先三寸で沢見に丸め込まれつつある荒生田が、腕を組んで考える素振り。

 

 サングラス😎野郎はよくわかっていないようだが、孝治から見れば、沢見の魂胆は明白。恐らくは、見え透いた分け前の、美味しいとこ獲りであろう。きっと荒生田の酔った状態を見計らい、沢見がここぞと話を持ちかけたに違いない。

 

 もちろん酒が回っている荒生田は、沢見の口車に簡単に乗っていた。

 

「ゆお〜〜っし……確かにオレは御覧のとおり、剣で生きるしか頭にない男やけねぇ✄」

 

 孝治は内心で、荒生田の(酒混じりである)発言を、即座に否定した。

 

(嘘ばっかし☠ 女にモテたいことで頭がいっぱいやろうも♀♂)

 

 孝治のそんな横目に気づくはずもなく、荒生田の妄言は続いた。

 

「それから裕志は見てんとおり、魔術とギターしか取り柄がなかっちゃし、孝治はぁ……孝治はなんかあったっちゃね?」

 

 荒生田の据わった三白眼がこちらに向いたとき、孝治はなんだか、腹の立つ気分になった。

 

「悪かったですね♨ どうせおれはなんもなかですよ!」

 

「いや、おまえは乳のデカいとこが取り柄ったい♡」

 

「うわっち!」

 

 孝治はドテッと、椅子から引っくりこけた。そこで沢見が言ってくれた。

 

「まあまあ、お笑いはそんくらいにして、あしたっから帰りの輸送手段の手配なんかもあるし、その辺の細かいとこはわいらがするさかい、きょうはたんと飲もうやないか☀☆」

 

「痛てててててて……あんがと☁」

 

 床に思いっきり打ちつけた尻を右手でさすりながら、孝治は椅子に座り直した。

 

 このとき孝治は、予感していた。荒生田先輩はすっかり上機嫌みたいやけ気ぃつかんちゃろうけど――いや、それ以前にもともと単純やけ――ワイバーン狩りの儲けの大半は、けっきょく沢見さんが持ってってしまうっちゃろうねぇ――と。

 

(そうやとしても……まっ、それはそれでよかっちゃね♥)

 

 孝治自身にはもともと、どうしてもワイバーンを捕まえないといけない理由はなかった。ここでは帆柱先輩の顔を立て、嫌々ながら、今回の冒険に参加をしただけなのだ。だから沢見が相場の仕事料さえ払ってくれたら、あとの文句は言わないつもりでいた。

 

 恐らくこの先、荒生田と沢見の間で、分け前の件でひと悶着が起きるかもしれないだろう。しかし、たとえそうなったとしても、孝治にこの件について関与する気は、さらさらもなかった。


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