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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (16)

 それはさておき、お湯に浸かっていると、なんだか頭の中までポカポカの気分。でもって思い浮かべる話のネタは、現在の自分の状況となる。

 

「……なんか、こげんして風呂に入っとたら、ほんなこつ一日{いちんち}の疲れが取れる気になるっちゃねぇ♠ 給仕係って、マジに大変な仕事やっちゅうことが、ようわかったっちゃよ♦」

 

 孝治の何気ないつぶやきに、友美がすぐ応じてくれた。

 

「そうっちゃよ☆ 未来亭のみんなは孝治が一週間体験したことば、それこそ毎日やりよんやけ☞☞ やけん、ちきっとはねぎらいの気持ちば持たんといけんばい☀」

 

「そうっちゃねぇ✍ 今回無事に帰ることができたら、お土産のひとつでも買っとくことにするけ✎♐」

 

 実際、いつになれば帰って会えるのかわからない。それでも未来亭面々の顔をひとりひとり思い浮かべながら、孝治はしみじみとした気持ちで、友美にささやき返した。

 

「ほんなこつ……いつ帰れるやろっか……☁」

 

 しみじみの気持ちは、友美も同じようだった。そこへ涼子が、ふたりの会話に割り込んだ。

 

『それとぉ……ちょっと関係することなんやけどねぇ……☝』

 

「なんねぇ☹」

 

「どげんしたと?」

 

 孝治は湯に浸かったまま。友美も釜のそばにある石に腰を下ろしたままで、それぞれ涼子に聞き耳を立てた。

 

 ふたりの注目を集めたところで、涼子が声を潜めた感じでささやいた。しつこいが、その必要はないのに――である。

 

『あたし、今急に思いついたっちゃけどぉ……あたしたち、別に店ん連中から見張られとうっちゅうわけやなかとやけ、このままこっから逃げちゃうなんてぇ……どげんかしら?』

 

 つまり唐突ではあるが、脱走の提起らしい。

 

「う〜ん……それってええかも☀」

 

 友美はすぐに、乗り気となった。しかし孝治は、この提案を言下に撥ねつけた。

 

「駄目っちゃ! 今逃げるわけにはいかんと!」

 

 これに涼子が、瞳を丸くした。

 

『ええっ! どげんしてぇ? やっぱし先輩たちばほって行けんとぉ?』

 

「それもあるとやけどぉ……☁」

 

 孝治はお湯に肩まで浸かったまま、涼子に答えた。

 

「それよかおれの剣が、あの店に差し押さえられたまんまになっとうと☠ それば取り返せんうちは、こっから逃げられんと☠ ちっくしょう、そーとー腹ん立つ! あいつら、おれたち戦士の弱みば、よう知っちょうけ♨」

 

『剣ってぇ……あの安モンの剣のことけ?』

 

「そうっちゃ!」

 

 孝治の言い分は、涼子にはよく理解ができなかったらしい。だけど、友美は違っていた。

 

「まあ、わたしにはだいたいわかるっちゃね✍ 孝治があの剣ば可愛がる理由っちゅうのが✎✑」

 

「そうそう、そんとおりっちゃよ♐」

 

 友美が共感をしてくれたので、孝治はなんだか、とてもうれしい気分になった。

 

 孝治の愛用であるいつもの中型剣は、友美と出会う以前(もち男性時代)から腰に備えてあり、言わば旧来からの友でもあるのだ。

 

 そこで過去に一度、孝治は友美から、剣の由来を尋ねられた覚えがあった。

 

「ねえ☞ 孝治の剣って、なんか凄い剣なんけ?」

 

 孝治はこのとき、大袈裟な回答をしなかった。

 

「そげなんなかっちゃよ☛」

 

 さらに友美相手に続けた。

 

「大したことなかばい☺ これって町の刀剣屋で値切って買った安モンなんやけ☻ 別に名鍛冶師が作ったっちゅうわけでもなかやし……でも、この剣とおれとは、もう切っても切れんっちゅうか、なんか信頼関係ができあがっちょるっち思うと✌ やけん、それがなんかって訊かれても、すっごい困るとやけどね✌」

 

 友美もそのときの孝治のセリフを、よく覚えているようだった。

 

「あんとき……わたしもようわからんとやったけど、戦士にとって剣の由来とか由緒なんち、ほんとはどげんでもよかみたいっちゃねぇ✍ 名剣も宝剣も関係なしでから✄」

 

 これで本当に納得してくれたかどうかは疑わしいが、涼子も一応うなずいてくれた。

 

『ふぅ〜ん✐ そう言うわけなんけぇ✑✒ それんしても逃げん理由が自分の剣のためであって、先輩たちは二の次ってのが、なんか孝治らしかやねぇ♐』

 

「しゃあしぃったい!」

 

 今の部分だけ、孝治はムキになって返してやった。だけど涼子の目線は、このときすでに別方面へと向いていた。

 

『どげんでもよかっちゃけど……孝治、顔が真っ赤ばい♐』

 

「うわっち!」

 

 言われて孝治は、現在の自分の状況に気がついた。改めてかえりみれば、釜のお湯が、かなり沸いていることに。


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