『剣遊記W』 第五章 嗚呼、女戦士哀史。 (15) ここは高知市の中央部を流れる、鏡川中流の河川敷。
時刻は深夜で、人通りはまったくなし。
しかし、いくら投げ槍的な気分とはいえ、深夜の川での水浴は、完ぺきに風邪の元。そこで孝治は、店の厨房にあった大型の釜を、裕志といっしょに持ち出した(もちろん無断で)。
その釜で、急造の風呂をこしらえるために。
原理は簡単。河原に石を組んで薪{まき}を並べ、その上に釜を置く。それから釜に川の水を入れ、下から火を燃やせば良いのだから。
「うん☀ 沸いたみたい✌」
火炎の魔術で点火をして焚き火の調節をしている裕志が、釜の湯加減を見て孝治に言った。
その声に孝治は、とても満足の気になった。
「よっし✌ ありがと♡ じゃあ、おれといっしょに入るけ?」
「い、いや! よかっちゃよ!」
孝治はわざとからかい調子で誘ってみた。すると裕志が顔を真っ赤にして、河原から一目散に逃げ出した。
孝治は今度は、舌打ち気味になってつぶやいた。
「ちぇっ! 純情なやっちゃねぇ♐ ガキんころはいっしょに真っ裸んなって、よう川遊びなんかしたとやけどねぇ♠」
「それはそんころは、孝治が男ん子やったからでしょ✐✑」
河原の小岩に腰を下ろしている友美が、孝治に呆れたという感じの顔を向けていた。
「やけん今の孝治と混浴なんち、裕志くんの性格からして、絶対無理っち思うけね✄ それに由香からも、ちゃーっと怒られるっち思うし☠」
「それは言えちょうばいね✌」
純情魔術師――裕志の恋人がふくれる顔を想像して、孝治はプッと吹き出した。
「じゃ、入るばい☆」
邪魔者――と言うには悪い気もするが、とにかく裕志がいなくなったところで、孝治はさっそく着ている服をポイポイと脱ぎ捨てた。だけどもともとから、セミヌードに近いバニーガール姿なのだ。おかげで脱衣は、素早いもの。すぐに孝治は真っ裸となり、そのままで釜の中のお湯を覗き込んだ。
孝治の横では、友美と涼子が並んで見つめていた。なぜかこのふたりの前では、裸でも平気な気持ちでいられる孝治であった。
その理由は、以前に話した覚えがあった。今の自分の女体はあくまでも仮の姿なので、少なくとも身内にならば、いくら見られてもなにも感じない気持ちでいられると。
とにかくとりあえず準備完了のところで、孝治は友美に振り向いた。
「じゃあ、頼むっちゃね☆」
「OK✌ 浮遊っ!」
友美が魔術の掛け声を唱えると、孝治の体はふわりと宙に浮いた。さらにそのまま、釜の中へと静かに着水。
「気ぃつけてや☟ 釜に肌が当たったら、大火傷もんなんやけね☛」
「わかっとうって✌」
友美の注意どおり、火傷を避けるために孝治は、『浮遊』の術で空中からお湯に入ったわけ。このようにしないと、直接火であぶられた鉄製の釜が、熱くてとてもさわれないからだ。しかも念には念を入れ、釜の底にもしっかりと、木の板が張ってあった。これで足の裏の防備も万全である。
早い話。一種の五右衛門風呂とでもいうべきか。
『まったく呆れるっちゃねぇ☠ そげんしてまでお風呂に入りたいとぉ?』
すぐ近くにある木の枝に座り直し、黙って一部始終を眺めている涼子が、冷めた目線でささやいてくれた。だけど今の孝治は、『なんとでも言ってや☀』の気持ちでいた。
「あ〜〜、いい湯やなぁ〜〜♡♥」
すっかり満喫の気分で、入浴を思う存分に堪能。
「まあ、ちょうどええ大きさの釜があって、ほんなこつ良かったっちゃね♡」
孝治の入浴をそばで眺めている友美も、なぜか満足そうな顔をしていた。ちなみに友美自身は、今は特に入浴する気はないようだ。そこで涼子が、またもやのひと言。
『なんっちゅうか☞ こげんして見とったら、なんか人間のだし汁ができそうばいねぇ☠☢』
無論、上機嫌中である孝治に、その程度の茶々は通じなかった。
「ははっ♡ じゃあ、こん湯ば飲んでみるけ?」
『遠慮するっちゃよ☠』
孝治から、からかいの逆襲。涼子が頭を横に振った。
『あたしって、生きとったときは煮物がいっちゃん嫌いやったと☹』
「それって初耳ばいねぇ☜」
友美も涼子のプチ身の上話に、おもしろいモノを見るような瞳を向けていた。
「幽霊っち、なんも食べんでも平気なはずなんやけど、昔んことはよう覚えとんやねぇ☛」
『もうやめっちゃってよ☠ そん話ば……それだけはあたし、あんまし思い出しとうなかとやけ☁☂』
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