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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (13)

 かなり忙しかったけれど、とにかくようやく閉店。時刻はすでに、次の日となっていた。

 

 まあ、この手の商売が深夜にまで及ぶことは、未来亭でも毎度の定番ではある。

 

「あ〜あ、やっと終わったっちゃねぇ〜〜☠☺」

 

 丸一日の重労働を終えた孝治は、バニーガール衣装のまま、楽屋の床にへたれ込んだ。

 

「お疲れ様ぁ〜〜☁」

 

 同じ店で働く同僚というべき給仕係たちも、孝治に声をかけながら、それぞれの家路に着いていた。彼女たちは近隣の町や村の娘たちで、ここまで歩いて出勤をしているという。それも朝日が昇らないうちから家を出て、帰る時刻はきょうのような、深夜が多い境遇である。

 

 早い話が、超過密労働。

 

 それだけでもひどい仕打ちだというのに、さらに事情をうかがうと、まさに聞くも涙語るも涙😢の物語があった。それはここに勤めている娘たちのほとんどが、この南海亭になんらかの借金などがあって(つまり酒屋兼高利貸し)、嫌々ながら働かされているケースなのである。

 

 余談ながら帰る家が遠方(九州)である孝治たちは、店の裏手にあるボロ小屋を、寝泊まりの場所として提供されていた。

 

 さらに余談で、孝治の正体(元男)を、娘たちはもちろん知るはずもなし。よけいな余談だな、こりゃ。

 

「気の毒やなぁ……でも、おれ自身の有様ば見れば……納得できる話っちゃねぇ〜〜☁」

 

 裕志から肩を揉んでもらいながら、孝治はしみじみとつぶやいた。

 

 もっとくわしい内部事情を調べないと、まだまだわからないこともあるだろう。だが簡単に話を聞くだけでも、この南海亭は、とんでもない悪徳商人のようである。

 

 現実に労働基準法その他を、完ぺきに無視しているようでもあるし。

 

「これはよく聞く、外面とか見てくれは良かくせに、中の従業員相手やと、法律なんか関係なかっち感じやね☠ まあ、天下晴れてこん店ば出るときは、そんときはこげな店はぶっ潰すときやけどな♐」

 

「えっ? なんか言うた?」

 

 孝治の密かな決意が、裕志の耳に届いたらしい――と言っても、別に慌てる気はなし。裕志ならいくら本心を聞かれたところで、まったく問題はないからだ。

 

 早い話。孝治は裕志を、根本から舐めていた。そのような考えでいれば、少しくらい本心がバレても、怖いものはなにもなかった。

 

 そんな軽い考えで、孝治は裕志に、逆に尋ねてみた。

 

「ねえ、裕志は気ぃつかんね? こん店の悪い雰囲気ば☞」

 

「どこに?」

 

 疑問などカケラも感じていないと言いたげな裕志のキョトン顔で、孝治は少しだけだが頭痛を感じた。

 

「あんねぇ……大きい声で言えんとやけど、おれたちがどげんして、こげな店でコキ使われとうかだよ! おれたちゃ謀られて、ここにおるっちゃけね♨」

 

 充分すぎるほどの大きな声に自分で『しまった!』と思いつつ、孝治は胸にくすぶっている気持ちを、裕志相手にぶつけてやった。

 

 しかしそれでも、裕志のキョトン顔は変わらなかった。

 

「でもぉ……ここ、ぼくのギターの腕を認めてくれたっちゃけ♥ けっこういいとこっち思うばい♥ 友美ちゃんも喜んで歌いようし♧」

 

「あんねぇ……☠」

 

 そりゃ裕志はよかっちゃよ――と言いかけて、孝治はあとに続くはずのセリフを、ゴクリとノドの奥へと押し戻した。

 

 論争すること自体が、なんだかアホらしく思えてきたからだ。

 

 荒生田先輩や沢見、裕志と友美たちは、おのおの演芸タイムだけ働けば、それでけっこう。だが孝治は給仕係として、朝から夜まで重労働なのだ。

 

 一応沖台も、肉体労働の側と言えるだろう。彼の分も含めて孝治は、この場で言いたくなってきた。おれたちはタコ部屋で強制労働させられよるんばい――と。やけん早よ逃げようや――なのだが、鈍感丸出しの裕志にこれ以上、愚痴をこぼしても始まるまい。孝治は深いため息を吐いた。

 

「もうよか☠ それよかもっと、力ば入れて肩揉まんね☟」

 

「まだやるとぉ?」

 

 孝治はある意味腹いせで、裕志に肩揉みをさせていた。

 

「まだっちゃよ! 裕志はギターんときだけ舞台に立てばいいっちゃけど、おれは給仕で一日店で働きよんやけね♨」


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